宮崎牛の栄誉ー3連続日本一に寄せて

2017-09-12
肉牛の部8区で内閣総理大臣賞受賞
優等主席は9区分中3区分で獲得
県の悲願ー3大会連続日本一の称号

地元紙・宮崎日日新聞が号外を出した。「宮崎牛 肉牛日本一」の大きな見出しが紙面に踊る。「肉質 最高級の証し」そして「和牛五輪 3連続総理大臣賞」と、見出しを見るだけで県民にとって大変重要なニュースだということがわかる。先週から宮城で開催されていた「全国和牛能力共進会」での成果である。この大会は5年に一度開催されるようで前回は2012年、となると小生が宮崎に赴任してからは、初の受賞の時が来たということになる。その報を目にした時、泣き上戸なこともあるが、思わず熱いものが心の底から湧き上がり涙腺が緩んだ。畜産王国として従事する方々の絶え間ない努力、特に口蹄疫からの復興には想像を絶する困難があったことを思えばである。いずれにしても「宮崎」の「生き方」が全国的に評価されるのは、心から嬉しいと感じる自分を発見できた。

宮崎に来てからというもの、両親が来訪した折などに宮崎牛の店に足を運んだ。受賞とともにお値段も高額になるようだが確かに美味しい。また高級店ならずとも、COOPでは毎月「29日」に特売を開催しており、「宮崎牛5等級」であっても東京などからすると信じ難い値段で手に入れることができる。また近所の馴染みの焼肉店でも、実に手頃に「宮崎牛」を堪能することができる。こうなると県内では「裾野が広い」ということになるのだろうか、探せば実にリーズナブルな値段で美味しい肉を提供してくれる隠れ家的なお店も少なくない。巷間のグルメブームに乗って、こうした食材への注目が集まる一方で、一次産業を含めたフードビジネスの活性化が県全体においても今後の生きる道の鍵となるだろう。もちろん和牛に限るものではない、豚肉も鶏肉もかなりの上質なものが流通する。また野菜の地産地消としての新鮮さも、どの土地にも負けないほどであろう。もちろん黒潮にのって日向灘で漁れる魚も見逃せない。

我々の食はいかに支えられているのか
都会ではほとんど考えに至らないこと
「食」を含めた宮崎の文化興隆に貢献していきたい思いあらた

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土地の歴史を伝え続けること

2017-09-11
都城島津邸歴史伝承館
近世を中心とする豊富な資料
そしてまた久しぶりにTVで観る花火

和歌文学会第63回大会へ向けて、諸方面の準備に追われている。概ね軌道に乗ったかと思えば、案内プログラムに誤記があったりと気が休まる間もない日々である。今まではどちらかの開催校へと一方的に伺うだけであったが、やはり何事も経験すると開催する側の苦労が真の意味で理解できるものだ。この日は、宮崎に伝承された古典籍資料の展観をお願いするために、島津邸歴史資料館へと赴いた。周知のように江戸時代までは都城島津家が治めていた土地、いっときは「県」として独立しようとした時期もあった都城の風土は、その歴史を深く諸資料に刻んでいるようである。和歌、特に近世期の連歌資料が多いと聞いていたが、未調査の資料も多くあって、むしろ今回の学会に展観することで、興味を持って調査対象にする研究者との邂逅があればと願う資料等である。文献的書誌情報はあまり明示できないが、まずはこのような趣旨で展観することの、ご承諾を得た次第である。

こうした資料が土地の歴史を地味に裏から跡付けるものであれば、「祭り」もまたその土地の歴史・風土と密接な関係を持った「資料」に他ならない。夕刻からBSフジが、母の故郷である新潟県小千谷市片貝町の「世界一四尺玉」花火があげられる「片貝祭り」を生中継した。つい先日、当地へ出向き墓参や親戚の家を挨拶に回った土地である。当の「世界一花火」はと言うと、ちょうど母が還暦を迎えた年に、桟敷の特等席でその重厚な大輪の華を見上げたことがある。TV放映でも強調されていたが、地元の中学校で同窓会が組織され、成人や厄年から還暦に至るまで人生の通過儀礼として同窓生の間でお金を出し合って「花火」を打ち上げる伝統がある。還暦の打ち上げは例年「連発スターマイン」だと云うが、母の同窓会があげた花火を見上げた時は、その60発の1発ごとが母の人生そのものだと感じられ、28発目からは自分もともに歩んで来たのだなどという感慨に浸り、涙で大空の華が霞んだと記憶している。TVでは華々しい「世界一」だと報じていたが、内実は高齢化過疎化などによって「花火(祭り)」の存続にも、大きな問題が生じていると聞く。あらためて土地で生きる、土地から巣立つ「人生」とは何か、そして故郷とどのように繋がり続けるか、などという人間としての大きなテーマを考えさせらる時間であった。

故郷・土地そしてその歴史
他に代え難き人生の主題でもある
そしてまた今日を生きる生き続ける



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学校にもの読める声のなつかしさー牧水の耳

2017-09-10
「学校にもの読める声のなつかしさ身にしみとほる山里すぎて」
(若山牧水『山桜の歌』より)
牧水の繊細な耳のよさよ・・・

蝉の声も聞かれなくなり、聴覚的にも平穏な休日。毎年、梅雨明け頃を目処に施して貰っている庭木の剪定が今年は機を逸してしまい、涼しくなったこともあって植木屋さんがようやく2日間の作業に来てくれた。リズミカルな植木鋏の音は、金属音ながら人間の身体性を感じさせて心地よい。もちろん時折、電動機具も使用しているのだが、家主がほとんど雑草抜きなどに怠慢なため、みるみる綺麗になる生垣を見るのは気分がよいものである。住宅街に建つ家は夜など甚だ静寂に包まれる。寝床に入ると気になる音もなく、安眠環境を整備していることもあって、毎晩ぐっすりと眠ることができる。だが朝の鳥の啼く音からして、人は何らかの「音」があることによってむしろ「静寂」を自覚し、自己存在を確かめると言ってもよいのかもしれない。

冒頭に引いたのは牧水第十四歌集から。大正十一年に長野・群馬・栃木各県を旅した「みなかみ紀行」の歌。旅の途次、山里を通り過ぎると学校から「もの読める声」が聴こえて来て、その「なつかしさ」が「身にしみとほる」と詠んでいる。周知のように牧水自身も日向坪谷という山里の生まれ。自然豊かな環境の学校で自らも含めた「もの読める声」が、山合いにこだましたことだろう。牧水生家のある場所は川の流れも近く、とりわけ湾曲した生家前ではその音も響き渡り一日中水の音に身を浸すことになる。幼き日にそのような環境で育ったせいか、牧水は大変「耳」がよく鳥の啼く声で種類を聞き分けたことも知られている。第一歌集はもちろん『海の聲』と名づけた。そして自らの歌の韻律にも敏感だったのは言うまでもあるまい。

「水の音に似て啼く鳥よ山ざくら松にまじれる深山の昼を」(『海の聲』より)
牧水の愛した自然の「音」「聲」「響」
来週17日の牧水祭(牧水命日)は坪谷で、伊藤一彦先生とこんなテーマで対談をする予定である。


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「心の花9月号 今月の15首」ー「楽しい」選評に感謝

2017-09-09
「白玉のフロントガラスに尾を曳きて濡れるも果てぬ恋もするかな」
(『心の花』9月号「今月の15首 佐佐木幸綱選)
初めて選んでいただきました。

昨日の小欄で9月は「実り」の「好機」が訪れるだろう、などと記したところ本当に心から嬉しいことが起こった。所属する短歌結社「心の花」会誌(9月号)冒頭に載る「今月の15首」に初めて選ばれたのである。これはまったく予期しないことであったが、今にして思えばその兆候はあったのかもしれない。実はこの歌稿を提出した6月は、諸々の仕事が重なり精神的に大変苦しい時期であった。当の作歌の方も誠に惨憺たる状況だと自覚していた頃で、今までで歌稿提出に一番苦しんだ月だったように思う。梅雨時でジムから帰りの車に乗り込んで、しばし駐車場で放心状態になっていると、どこからともなくこの歌が「降りて来た」感覚があった。こうした意味で「恋」は、自分の中の一つの「主題」なのかもしれない。そしてまた古典和歌を長年研究して来た身として、その継承という点も作歌の上で大きな課題にしたいという気持ちが、無意識に働いたのかもしれない。いずれにしてもこの歌は、自分の中でも不思議な1首であったことは間違いない。

佐佐木幸綱先生は選評に「オリジナルな、長い序詞が楽しい。」と書いてくださった。初句から「濡れるも」までが「果てぬ恋もするかな」を導き出す序詞というご指摘。自分でも聊か「序詞」は意識していたものの、ここまで徹して読んでくださり、何より「楽しい」と書いてくださったことがあまりにも嬉しい。選評の最後に「読者は遊び心を楽しみたい。」とあるのも同様で、読み方によってかなり「遊び心」をくすぐる多様な解釈を生む歌であると思っている。また幸綱先生の評とともに嬉しいのは、結句「恋もするかな」の歌が選ばれたことである。これは学部時代の和歌研究の恩師・上野理先生執筆で、今もなお和歌研究史に刻まれている名論文「平安朝和歌史における晴と褻」(ご著書『後拾遺集前後』風間書房刊・所収)においてその指摘の起点としている恋歌の類型的表現なのである。結句「恋もするかな」として、そこまでの表現を「オリジナル」にすれば、実に多様な(褻の)恋歌を読むことができるというもの。『古今集』恋の部立の巻頭歌が、やはりこの類型歌であることは有名である。自分の作歌活動において、今は亡き恩師にもご助力いただいたような気持ちとなって、思わず涙腺が緩んでしまった。

悪戦苦闘の末に変化が起こる
伊藤一彦先生のお言葉に励まされたあの頃
歌を創り続けて来て本当によかったと思える秋の日であった。

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秋ぞ立ついざみづからを新しくせよ

2017-09-08
「眼をあげよもの思ふなかれ秋ぞ立ついざみづからを新しくせよ」
(若山牧水『死か芸術か』)
実りの秋に新しい自分を・・・

牧水の歌の中でも好きな一首。牧水の作歌事情を考えると、恋愛問題は終わっていたがなかなか立ち直れない「みづから」を、命令形を三度も使用して奮い立たせる歌である。その力動的な韻律とともに、「秋ぞ立つ」という季節のうつろひの中で新たな「みづから」を見つけようとする思いが感じられる。そう、秋の”気”というものは新たな何かが生まれ実る季節である。ちょうど7日付の伊藤一彦先生の短歌日記(フランス堂HP上に掲載)にも、「かへり来よ桜紅葉の散るころぞわがたましひよ凪く帰り来よ」(牧水『別離』)が引用されていた。桜の木は早々に紅く染まり落葉の準備を始め、新しい段階に進んでいるということ。牧水の「わがたましひ」もまた同じ。

秋は終息の季節と捉えられがちであるが、実は新しい何かが始まる季節でもある。この日の朝も自宅の駐車場を出ようとすると、今まででは思いもよらぬ数のトンボが空中を乱舞していた。その中に大変仲睦まじい”つがい”がいて、前後に結合しつつ空中で踊るかのような動きをその周辺で繰り返している。彼らにとって待ちに待った秋が来ているのだと、その姿に微笑ましい気持ちになった。吹く風は涼しく青空は高く月も夜空ふかく輝いている。よく行く公共温泉では、湯温が聊か下がった気がした。いたづらに熱い湯ではなく、38度前後にじっくり浸かるのが身体へも好影響をもたらすだろう。既に馴染みとなった面々も増えて、様々な四方山話をしながら日々の疲れを癒し、ひたすら「実り」を待つばかりである。

そういえばいつも9月は好機に恵まれる
ただひたすらに歩み来た結果
1年ごとに生きる「潮目」があるということ。
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漢語優勢の自覚ーやまとことばを学ぼう

2017-09-07
「天地・鬼神・男女・武士」
さて上記四語は、どのように読むでしょうか?
まずは中学生に読ませて考えさせる授業実践へ

教職大学院生の実習指導で附属中学校へ。以前から対話を通して構想してきた、中学校3年生「万葉・古今・新古今」の単元の授業実践が始まった。教科書の最初の教材は「古今和歌集仮名序」を音読を中心に学習する構成となっている。概して「音読」というと「読んで終わり」というイメージが持たれやすいが、今回は「語の読み方を考えて内容の要点を捉える」という思考の深い授業を学習指導案の段階で院生と構想していた。まずはふりがなのない本文を、生徒たちが音読する。「(漢字の)読み方」に疑問を持ったらそこに印をつけておく。そして全体で一斉音読をしながら、「読み方」が割れた部分で音読を止めてその「読み方」を確認するというものだ。「仮名序」冒頭の「やまとうたは人の心を種として・・・」の「種」からすぐに「シュ」なのか「タネ」なのかと読み方は割れる。指導者は「冒頭を『やまとうた』と読んでいるが、それを漢字にすると?」と問いかける。最初は「大和歌」などを生徒は挙げたが、やがてそれが「和歌」なのだと気づかせるところが、この授業の大きな眼目である。

以後、冒頭に記した語などは「テンチ・キシン・ダンジョ・ブシ」と読む者も多いが、それは「音読み」であって「訓読み」ではないことを指摘すると、諸々と考え始める。周知のように「アメツチ・オニガミ・ヲトコヲンナ・モノノフ」とやまとことばで読むのが一般的であろう。「国語」の授業では往々にして「読み方は教えるもの」という意識が指導者に強い。よって「範読」などという国語教育上の用語まであって、教師は読み方の「模範」を聞かせるような指導が多い。だが果たして総合的な意味で指導者の「音読」は「模範」と言えるのであろうか。むしろ生徒の「なぜそのように読むか」という思考を奪ってしまう。おしひろげて考えるならば、「読み方」そのものが多様で相対的なものではないのか。それにしても中学生が試みで読んだ「仮名序」は「漢語読み」が多いことに、あらためて考えさせられた。小欄の文章も例外ではないが、明治時代以降の「日本語」の歩みを考えた時、どうしても「漢語」の使用率が高い傾向にある。むしろそれゆえに、こうした古典学習の意義も深まろうというもの。特に「和歌・短歌」によって「やまとことば」が保存・継承されているという点は、重要であると思われる。

「漢語」は特に「(意味が)わかった気になる」
「やまとことば」に変換する学習も試みてみようか
明治の歌人で、やまとことば使用率が一番高いのは牧水であったという調査結果が貴重である。
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九州学生短歌会の交流をー宮崎大学短歌会定例歌会

2017-09-06
宮崎出身の学生たち
福岡・熊本から郷里の宮崎大学短歌会へ
大学の枠を超えた交流を!

大学はまだ夏期休暇中であるが、定例月2回の宮崎大学短歌会歌会を開催。前回より、この休暇中を利用して郷里・宮崎に帰っており牧水短歌甲子園などに出場した経験のある学生たちも参加してくれて、賑やかな歌会となっている。牧水短歌甲子園の試合では、自らのチームの歌を主にチームメイトが読んでその魅力をアピールし、相手チームの歌に対してもその一首一首に敬意を払い真摯に読んで長所を述べた上で、わからない点や推敲案などを提示して批評をし合う攻防によって勝敗が決するという方式である。この相互のやりとりによって一首の歌が多様な読みの上に置かれ、その魅力が増してくる。経験者の参加によって、まさにこうした多様な読みの議論が活性化し、実に面白い歌会となった。

こうした「牧水短歌甲子園式」ともいえる「対話」に参加して思うのは、これぞまさに「国語」の学習が目指している境地なのではないかということである。「私」を主体的に起ち上げ、相互の率直な意見交換による「対話」を醸成し、表面的には見えなかった歌の奥行きを「深く」探し続ける。学習主体の「生きる私」がそこにあって、喜びも怒りも悲しみ楽しみも「三十一文字」の形式にある調べに載った美しい日本語を起点に語り出す。歌は古来から相互交流の具であり教養であったわけで、その営為によって「やまとことば」の美しさも自覚されてきたといっても過言ではない。ゆえに若い世代からこうした歌に関わる環境が、誠に重要な活動だと思うのである。歌会席上では今後の宮崎大学短歌会の目標も定められた。まずは創設1周年に向けて、会誌を発行すること。そこで全国学生短歌会に名を連ね存在感を示すことなどが語り合われた。そして何より宮崎県出身者の母体のような温床となること。さらには九州大学短歌会の交流を促進していこうという気概が学生たちから感じられた。

いいぞ!宮崎!!!
羽ばたく牧水短歌甲子園出身者たち
小中高大一貫短歌を目指し「短歌県みやざき」からはじめよう

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作業要領を学ぶこと

2017-09-05
800部に近い書類の封筒詰め
折り込み詰め込み確かめ封を閉じる
いよいよ和歌文学会大会案内の発送へ

1週間近く宮崎を不在にする前に最終校正を終えて、その間に印刷業者の方が懇切丁寧に案内書類や封書を仕上げてくれていた。この日は昼からゼミ生たちを研究室に集め、封入作業を開始した。800部近い部数の書類が物理的にどの程度のものになるか、作業はどの程度の時間を要するか、いずれもそれなりに想像力を働かせても、体験のないものは実感が持てないものである。夕方に郵便局が集荷に来るまでに、いかに作業を完了させるか。ゼミ生ともども物理的にも精神的にも、聊か過酷な作業がしばらくは続いた。当初は様々な話題に触れながら作業をしていたが、次第に無言になっていく。内容物が確実に封入されているか、点検をしながら先の見えない作業が続く。

学校の教員というのは、日常的にこうした作業をこなす必要がある。試験問題の折り込みから保護者会資料等々、部数は担当学級数とか学級の人数分ながら、やはり時間内に完了できる「作業スキル」が求められる。「国語」担当の場合は特に「問題文」で紙幅を多くとるので、試験の折り込み作業は他教科よりも困難な場合が多い。だいたい「国語」と「英語」が試験問題の枚数が一番多く、数学はたいてい一枚物であることが多いものだ。作業時間という意味では、問題の物理的分量がそのまま採点に要する時間に比例する。職員室で夜遅くまで採点している教員は、国語か英語だという思い出がある。現場の話はともかく、ゼミ生たちも次第に封入作業の要領を心得てきて、後半はペースがかなり上がった様子が伺えた。どうやら僕自身が予想した時間に違うことなく、作業は無事に完了した。

疲労感を抱えてまた近所の公共温泉へ
よく会う初老の方が、どのように温浴するのが身体によいかと語りかける
動作・作業・生活の所作にも適切な「要領」があるものだと温もりながら考えた。
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動きにょろめき尾の隠れゆく

2017-09-04

「物思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出るたまかとぞみる」
(『後拾遺和歌集』一一六二・和泉式部)
魂の対話へ・・・・・

祖父の建築した神社は、山深く自然に恵まれた地にある。温泉に癒され沢の瀬の音に心洗われ、自然豊かな食材が温泉宿でも提供される。母が幼少時にこのような素晴らしい場所で育ったのだと思うと、自らの自然への尊崇の念があらためて確認されるような気になる。当時の建築技術にして、神社落成には3年間ほどの歳月を要したらしい。その間、小学校に通学しなければならない母の姉は街中の家に預けられ、母とその弟がこの山中で祖父らと生活をともにしたと云う。そこで生活していた家のあった集落を今回は訪れてみた。

神社のある場所からさらに山路を奥深く入ると、まずは不動尊がある。こちらの社は残念ながら中越地震で倒壊してしまい、道路脇の地に新たに頑丈な御堂が再建されている。どうやらその再建に当たって、母の姉が寄付をしたことを証する碑が境内に建てられている。伯母の娘である従姉妹らとともにその碑へと歩むと、右奥に何やら動く気配を感じた。従姉妹らは果敢にその姿を追ったが、どうやら蛇がいて我々の接近を察知し切り岸の方面に隠れゆくようであった。その尾が岩の陰に潜むところを、僕も確認できた。龍=蛇に由来のある神社ゆえ、その姿には亡き伯母の魂を感じるものがあった。

自然・生き物の中にある我々の生命
御神木の一本杉がまた僕に力をくれる
希望の明日へ向けて、そしてまた僕はどんな魂をのこせるのだろうか。

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ルーツー生まれ出づる理由

2017-09-03
性別・性格・なくて七癖
自覚できない「性」の理由を見る
親戚従兄弟の会を楽しむ

3日間の集中講義を終えて、週末は越後路へ。母方の従兄弟親戚が、祖父の建築した神社近くの温泉に年1度集う会に参加するためである。自分が九州に赴任・移住したこともあって、こうした機会を設けないと、なかなか盆や正月に親戚が集うという機会も設けづらいわけである。祖父は宮大工の棟梁で、その地の山から樹を切り出して材料とし山道途中の切り岸の上に「高龍神社」という社を戦前に建築した。場所としては中越地震で大きな被害となった山古志村にほど近い場所であるが、その大きな揺れでも社は倒壊せず、その際に天井裏から祖父の鑿が落下して発見されたというから、それもまた何かのお告げではないかと親戚中の話題となった。

従兄弟親戚が集まるといつも思うのは、表情をはじめ何らかの類似点を双方の中に発見するということだ。そして言動や性格 などについて観察していると、自分でも「おやっ」と意表を突かれたような発見をすることがある。短歌創作を始めて以来、こうした観察眼を持とうと意識しているせいか、ついつい宴会などにおいても様々に「取材」をする意識が起動する。そんなことを考えていると、やはり自分の「主題」として「父母」を通じて何かを詠うことには、こだわっていきたいという思いが再認識される。不思議とこの地を訪れてのち9月の歩みは、幸運に恵まれ実りの秋となることが多い。

宴会から二次会のカラオケ
従兄弟たちとの楽しき時間
祖父母らがどのような顔でこの様子を眺めているだろうかと思う。

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