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声を上げ声に屈せず

2012-07-30
昨日の小欄で書いたように、横並びをよしとする社会傾向が加速する。当たり障りなく余計なことには口出しせず、問題意識を懐深く仕舞い込み、あるいは問題意識自体を持とうともしない。流れに任せて空気を読み、それに同調することだけに神経を先鋭にして過ごす。批判をうけることを忌避し、議論して意見を対峙させることもしない。いつしか、こうした無抵抗に生きることをよしとする風潮が日本社会に蔓延しつつあるように思う。

「声」という語彙は多義的である。
辞書に拠ると次のようにある。(『新明解国語辞典第6版』三省堂)
1(人や動物が)発音器官を使ったりして、それぞれ独特の方法で出す音。
2第三者の考えや、生活者としての意見。
3風評
4物の音で、人間に何かを感じさせるもの。
5それが近づいて来たことを知らせる何ものか。

いわずもがな、「声を上げる」というときの「声」の意味は、2番。
「考え」や「意見」を表明するということである。
1番の「声」が、「(人間や動物が)」とあることで、余計に穿った見方をしたくなるが、
「考え・意見」は「人間」しか言えない。
群れの流れに従うままに生きていたのでは、
人間的な「声」を失っていることにもなる。


「声」による非難に曝されることを恐れるのも、人間社会独特かもしれない。
この場合、3番「風評」の意味であり、一定の群れの中で「噂」されることを恐れ本来的な行動が委縮してしまう場合がある。たちが悪くなると、意図的な「風評」を群れの内部に伝播・充満させ、その力で自らの立場を保守するような、悪意ある「声」を上げる者が存在する。政治家や有名人も然り。風評を恐れるがゆえに、本来の「考え・意見」を控えてしまう場合も多々あるだろう。

だが、僕たちは「声」を上げることを恐れてはいけない。
そしてまた「声」に屈してはならない。

そうした社会であることこそが、健全であるはずだ。
大人の社会がまずはこの姿勢を示し行動しなければならない。
さもないと「いじめ」問題などは、より地下に潜行し覆い隠されていく。


声を上げ声に屈せず。
そのように行動することで、
悪意ある者を弾劾すればいい。

理不尽や不条理に黙っていてはいけない。
何よりそれを見過ごしてはいけない。
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