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冷房の功罪

2012-07-18
いよいよ今週末が朗読発表会である。そこへ照準を合わせて、自らの「声」のコンディション作りにも神経を使う。長い間、中高の教壇に立って来たので、連続授業があっても声が潰れることはほぼない。ただ、この時季に怖いのは過剰な冷房の風である。直接的に冷房の影響を受けると、まずは誰しもが喉に来るのが一般的である。よって、冷房の使用には慎重でありたい。

中高に勤務していた時、養護教員の先生が生徒たちにこう訴えていた。
「お金を使って(冷房の電気代)身体を壊したら意味がないですよ」と。
これは教室での冷房使用が過剰にならないように戒めることばであった。
ともすると中高生は、朝の登校後、昼休み後、体育の授業の後などになると、考えられないぐらいの温度で教室を冷やしていることがある。若い活力が40人近く一定の面積の中にひしめくのであるから、確かに冷やしたくなるのもわからないでもない。しかし、授業が進行するに従い、冷風を直接受ける生徒は異常に身体を冷やす結果となり、風邪をひくことにもなる。教室内の冷気循環がよくないと、一定の座席の生徒が必ず体調を崩すということも起きていたように記憶する。

いま僕は、家に居る際に使う冷房は限定的だ。帰宅して数時間、しかも28度設定。その冷気を扇風機で家中に循環するようにする。日中の温度をまずは冷却して、概ね落ち着くと冷房を切る。寝る時はほぼ問題ない状態となり、就寝中は寝汗もかく。むしろこの方がはるかに体調は良い。もちろん個人的に“驚異の寝つきの良さ”が成せる業であるのも自覚はしているが。

一時期、体温調節が困難な子どもが増加しているという傾向が報告されていた。これもまた過剰な冷房による罪過である。「冷房を適切に使用し」とテレビ等が喧伝するが、その「適切」とは何かを更に精査してみたい。いつしかヒトは、冷房がないといられない“進化”をしてしまったのだろうか。冷房がない時代に、熱中症がどれほど起きていたのか、資料的に難しいのかもしれないが、興味あることである。巷間でよく聞く話でもあるが、「昔は冷房もなく、(部活等の)運動の際には水を飲むなと強制されたが、よく熱中症にならなかった」という話である。もちろん、その時代はよかった、昔の人間は強かったなどという懐古主義的なことを主張するつもりは毛頭ない。

だが、今一度冷静に、この50年間ぐらいで
何が変わってしまったのかを考えてみるべきかもしれない。

夏は身体も暑さを感じさせておくのが自然だと、
素朴に考えてみたくもなる。

朗読発表会まであと3日。
せめて「声」は冷房の犠牲にしてはならない。
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