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見えない糸の不思議

2012-07-13
昼過ぎに友人から携帯メール。今晩あたり馴染みの店に行くかどうかという内容であった。そのメールを見る以前から、今晩はその店へという思いを抱いていたところだったので、即決し約束を交わした。こうしたタイミングの相性というのは、実に奇異なものである。以前にもこの友人とは、何の連絡もなしに店で出くわすこともあった。仕事の分野は違うが、お互いに目標とするところに共通なものを感じる友人。店主も僕たちを「見えない人で結ばれている」と表現し、その交友関係を讃えてくれている。

かくして仕事へのやる気も倍増。夜の楽しみは作業の効率化を促してくれる。いざ店に行ってみると、友人と共通に尊敬しているある方がいらしていた。これまた奇遇であり、お互いの「引きの強さ」に店主ともども感嘆の声を上げた。双方で相互に話題にしていた者同士が、同じ店のカウンターに居並ぶ結果となった。人との繋がりというのは、これだから面白い。偶有性の中で、個々人の様々な思惑があり、それが「見えない糸」で連鎖していく。そんな糸を集約すべく、お店というコミュニケーション空間が機織機の如く、見事な人間関係の錦を織り成していく。毎度、このお店には感謝の連続である。

改めてこの人間関係の錦は、どんな概念で織り成されているのかと考えてみた。それは、「妥協なき芯のぶれない信念」が通底している関係といえるのかもしれない。店主を含めた4人が、各自各様な世界で自らの信念に基づいた活動を邁進させている。そこには、「現実」を冷静に見据えて「行動」する「意志」がある。同時に「謙虚」に世間を見つめようとする「精緻」な教養高き「思考」が存在する。僕と友人も、尊敬するある方のそんな点に惹かれているに違いない。そしてどんな分野であろうと、「現場主義」で社会と関わって行く“姿勢”を見習いたいからこそ、その方を慕っているのである。

政治・社会に希望が失われた時、僕は、この方の存在に光を見出そうとしている。社会の中に不条理は当然の如く存在するものである。だがしかし、その不条理を“仕方ない”と諦めていては、希望は見えて来ない。そこに不条理が存在すれば、必ず「事実」を追窮し続け、冷静に偏らず自己の見識を持つべし。そのような“姿勢”こそ、今の日本社会に必須な“生き方”であるはずだ。

宵闇も深く帰路についた。店からの至近の駅までは、雨も止んでいて幸運に恵まれた。だが、自宅の最寄駅に降り立つと雨風ともに強し。折畳傘を開いて自宅までの道を歩いたが、ズボンはずぶ濡れ。「現場主義」で「行動」すると、幸運もあれば災難に巡り会うこともある。人生とはかくなるもの。だがしかし、邁進せずして何もわからない。雨風あれども恐れることなく「信念」を貫く闊歩こそが重要なのだと、この日の締め括りに教えられて帰宅。

「見えない糸」を大切にしつつ、
自己の「信念」を今一度見直す夜となった。
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