映画「幸せの教室」-「スピーチクラス」が人生を変える
2012-05-23
学歴がないことを理由に、いとも簡単に解雇される。いたって勤勉に、誇りをもってスーパーで働いていた中年男性を待っていた非情な運命だ。高校卒業後、軍のコックとして長年従事し、離婚し住宅ローンを抱えた挙げ句に至る男の人生における苦難である。再就職を探すが見つからず。その果てに男は、大学で学ぶことを選択する。学生担当者は、いくつかの科目選択を彼に勧める。中でも、「スピーチ217」という科目を、「人生が変わる」という理由で、一押しするのだ。かたや、大学授業への情熱を失いかけた女性講師。教室へ来ても、最低人数に達していないとみるや、「このクラスは不成立ね」と宣言し、教室を去ろうとする。私生活では、本を2冊だけ出版した自称“小説家”の夫が、家のPCでポルノに興じ、コメントすることを“執筆”だと主張する毎日。夫の生活を支えているのは、間違いなく彼女である。彼女は次第にアルコール依存となり、先の見えない頽廃した大学講師としての生活を続けている。
前者のリストラ中年男性ラリー・クラウン役を、トム・ハンクス。
後者のやる気のない大学講師メルセデス・ティノー役を、ジュリア・ロバーツ。
2大スター共演によるラブ・ストーリー。
監督・脚本もトム・ハンクスである。
キャストの割には、いかにも淡白で予想通りのストーリー展開。
たぶん、映画としての一般的な評価は、決して高くはないかもしれない。
その上で、「幸せの教室」などという邦題が、安価な印象に拍車をかける。
だがしかし、今現実に大学で「スピーチクラス」を担当している僕としては、この上なく楽しめる映画であった。最初の授業では、「フレンチトーストの作り方」という題のスピーチで、材料を羅列することしかできなかったラリーであった。しかし、最後の授業においては、教室全員の心を鷲掴みにしてコミュニケーション抜群の感動的なスピーチをするようになる。もちろん、その過程における講義・演習などが詳細に描かれているわけではない。むしろ大学キャンパスにおいて、生きる意味を見出していくラリーの人間的な変化が描かれている。視野が狭く発想が貧困だった中年男が、若い大学生らと友人となり、スクーターを乗り回し、恋心に揺れたりする。その人間的な革新ぶりが、まさに感動のスピーチを生み出す要因となる。あくまで虚構としての映画は映画であるが、「スピーチする」=「自己表現する」ことに磨きをかけるには、人間的な成長が不可欠であることを実感させてくれる。
駄目キャラを、この上なく“普通”に演じ切るトム・ハンクスの演技は、個人的に大好きである。不器用な男が、新たな人生の光を見つけるまでの行動の一つ一つ、些細な表情変化の刹那な連続は、心の内に笑いと納得を何度も起こさせた。感動的な最後のスピーチ場面では、涙さえ浮かんだ。〈教室〉で「スピーチ」と「コミュニケーション」を学ぶということが、かくも人生を変えていくものか。もちろん、ラブストーリーとしての結末は現実と別問題としても、〈教室〉に学生として、教員として来ることで、人生に起爆剤が与えられたように噴出する光ある未来。どこか、アメリカの大学が一つの「思想」として抱え込む、「開かれた学びの場」に共感してしまうのである。「2大スター共演」だから派手で過剰な内容を期待せねばならないわけではなく、駄目リストラ中年男性と、やる気のない駄目大学講師が、新たに前を向き直す、“普通”の姿を描いているあたりに、この映画の奥行を視るのだ。
自己表現で人生が変わる。
考えてみれば「スピーチ科目」の責務は重大である。
新たな自覚をもって、今日も大学の〈教室〉に向かおう!
映画に描かれていた典型的な「スピーチ科目」のあり方が、
僕自身が担当する科目と、その方法の上で合致していたことも、
この映画に深く共感する、大きな理由でもある。
日本人が苦手とする「スピーチ」
それは人生を変えるほどの力があるのだが・・・。
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