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信頼の表現

2012-03-01
 中高時代の部活動には、人それぞれに様々な思い出があるだろう。そこで得た友人というのは、級友などと比べても何か特別な存在となる。僕自身も中学時代の野球部の友人は、心から親友だと思える存在であり、今もなおその時の信頼関係を基盤にした付き合いを継続している。当時は、様々な問題でぶつかり合ったり非難し合ったり、はてまた力を合わせて練習に励み、試合に勝った喜びを共有した。そのように運動競技(文化的活動も同様だが)が、「信頼」というものとは何かを見つめさせてくれるのである。

 顧問教員との関係も重要だ。運動部などでは当然厳しい練習が強いられ、それを経過することで、信頼関係が出来上がってくる。個々の部員が伸びるにはどうしたらよいかという観点から、対応にも自ずと違いが生じる。僕などは、中学高校を卒業してから顧問教員と話をすると、殆どの事をお見通しであるのに驚いたことがある。中学生当時では分からなかった深さで、自分たちを見ていてくれたのだという信頼を、後に感じるという経験であった。

 この日は、以前に僕自身が部活動で顧問をしていた卒業生が久し振りに集まった。その面々を見ると、時間の流れと共に大きな成長が窺える。とともに当時の個々の対応を僕自身がどうしていたかということが意識として再浮上してくる。練習熱心で前向きな者には、信頼を前面に出し極力否定せず、技術向上を目指すよう促したこと。同じ失敗を繰り返す者の場合、チームの士気への影響を考えて頻繁に怒っていたこと。冷静に誠実に部活動に取り組んでいる者の場合、いつもその努力が報われるよう基礎の充実を教えたこと。部活動へ参加する姿勢を主体的にしてもらいたい者の場合、常に問い掛けて意見を聞いていたこと。自らが盛り上げ役を務める部長であった者の場合、チーム全体の為に怒られ役になってもらっていたこと。堂々とチームをまとめようとする者の場合、その意見を極力尊重したこと。そんな数々の“信頼の形”が、僕の頭の中に蘇った。

信頼の表現とは、実に多様である。
その信頼が個々に合致したところに、
意味のある部活動のあり方が存在するのだと思う。

教訓は押し付けず、お互いの関係性の中で自らが創り上げる
こうして卒業後に教え子たちと会う機会を持つと
また僕自身、教えられることが多いことに気付いた宵のうちであった。
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