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外岡秀俊著『震災と原発 国家の過ち 文学で読み解く3.11』(朝日新書)所感

2012-02-25
 毎年、大学の授業において最後の最後に言おうと決めていることがある。
それは、
「文学こそ実学だ」
ということばである。

この10年ほどの社会潮流の変化で大学学部選択などにおいて、理系に傾き文系でも社会科学が人気を博する状況がある。人文科学でも社会学や心理学が人気で、特に文学の低迷は甚だしい。要は技術・資格の獲得に通じる「実学」志向が強まったと、予備校などが分析をくり返してきた。文学部は心理・社会学系を独立させたり拡大したりして、文学縮小の方向で再編される傾向も強い。高校での進路指導もその流れを真に受けて、高校生が「文学部」を志望したりすると、「将来はどうする?」と疑問を投げ掛けたりもすることも多い。だがしかし、「実学」と天秤にかけて「文学」の存在を否定的に考える発想自体が間違いだと強く思う。むしろ「文学」を疎かにしているからこそ、現状の日本社会はこのような混迷の渦中にあるのだと認識するのである。

 本書は、そんな僕が考えていたことを、実に知的に明晰に示してくれた。「文学」を疎かにしている国民は「国家の過ち」を見過ごし容認してしまい、「同じことが繰り返される」のである。

 新聞記者として早期退職という幕引きをしようとしていた著者が、その年度末にあたり東日本大震災を目の当りにした。「あれだけの被災を間近に見て、それを「過ぎたこと」と切り離しては生きていくことはできないと感じた。見てしまった者は、見たことの重さを引き受け、その後も見届ける責任を負う。」という「はじめに」におけることばからして、外岡氏の記者としての真摯な態度が表現されており共感の淵に誘われる。

 東日本大震災は「人生観や世界観の座標軸を揺るがす出来事だった。」というのは多くの人々の実感であろう。だが、その「いびつに傾いたままの座標軸」において、どのように「思考を組み立てればよいか」ということに関しては、混迷こそあれ明解な観念を持ち得ずに時だけが経過しているのが実情ではないだろうか。そんな「思考」の「支え」を、「文学」に求めたという知的態度が、本書では存分に披歴されている。

 「私はそうした小説を、もう体験することのない過去の出来事を昇華し、未来の読者に届ける贈り物として読んだのを思い出した。」(はじめに)

 と外岡氏が述べるように、「この不条理はすべて文学に描かれていた」のである。


第1章「復興にはほど遠い」では、カミュ『ペスト』。
第2章「放射能に、色がついていたらなあ」では、カフカ『城』

 といった具合に、外岡氏が取材して目の当たりにした大震災の実感を、克明に理解しやすい文章で綴りながら、小説が描いていた世界観との共通点を無理なく結び付ける。実に教養ある知性に満ちた「小説読者」としての読み方を呈して、現実の日本社会を鋭く批評しているのだ。

 第3章の「「帝国」はいま」では、島尾敏雄『出発は遂に訪れず』
この章で語られる核心を記すには、もはや著者の表現に委ねるしか僕にはできない。

 「空虚な「想像力の帝国」は、戦後もかたちを変えて持続してきたのではないか。
 「虚妄」の支配に対して、人は「虚構」で立ち向かうほかない。この社会において文学が依然として有効なのは、「虚妄」が戦後において姿かたちを変えて、持続してきたからだといってもいい。」

以下、同じように
第4章「東北とは何か」
第5章「原発という無意識」
第6章「ヒロシマからの問い」
第7章「故郷喪失から、生活の再建へ」
終章 「「救済」を待つのではなく」
と続く。

敢えて小欄には、どんな「文学」からこの構造を汲み取っているかは記さないでおこう。
ただ、震災後、様々な語り口で「原発」のことが語られる中で、これほど腑に落ちる分析を僕は他にあまり知らない。

 最後に外岡氏のあとがきの一節を示しておこう。

 「ただいずれにおいても、その対応と復旧・復興には明らかに「国家の過ち」があった、ということができる。これは政府、官僚を中心とする為政者に、戦前から引き継がれた国家としてのDNAともいえる。それは、責任の所在をあいまいにし、税金を「恩恵のように施し」、「拠らしむべし、知らしむべからず」という方針に立って上から見下ろす視線である。こうした国家の体質を変えない限り、今回の震災や事故の復興が遅れるだけでなく、次に来る大災害でも、同じことが繰り返されるように思えてならない。」

一読した後に、この最後のことばは深い浸透性をもって本書の読者に伝わるだろう。


文学を疎かにしていた日本社会が、このような混迷の中にあるのは必然だったのだ。
いま改めて言おう。
「文学こそ実学である」と。


こうした名著・名文こそ多くの方にご一読いただきたい。
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