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妄想力とフロー状態

2012-02-23
 日常的に妄想が好きだ。何らかを契機にして様々な映像が脳裏を駆け巡る時がある。その契機は、決して大々的なものであるばかりではなく、僅か一単語でも妄想のスイッチが入る時がある。記憶にある情報を集積し、夢うつつの場面設定をして自分自身や様々な登場人物が交響を織りなす。いわば自分の“妄想物語”を展開する時、その期待感にワクワクする時や、緊張感からくる重圧に堪らない快感を覚える時さえある。

 「妄想」を辞書で引いてみた。

『広辞苑』=1、〔仏〕〈モウゾウとも〉みだりなおもい。正しくない想念。
2、〔心〕根拠のない主観的な想像や信念。病的原因によって起り、事実の経験や論理によっては容易に訂正されることがない

 『現代国語例解辞典第2版』(小学館)
      =1、あり得ないことをみだりに想像すること。またそのような想像。
       2、根拠がないのに不合理なことを事実と確信し、いくら誤りを立証しても承知しない状態。

 『新明解国語辞典第6版』(三省堂)
      =〔仏教語としてはモウゾウ〕
       1、あれこれ想像したことを事実であるかのごとくに堅く信じてしまう心的傾向。
       2、夢想。


 このように「妄想」の辞書的意味は、概して否定的な行為として提示されているようだ。その根本が「仏教語」であり、そこでは「みだりに」「正しくない」という「妄」の漢語としての意味が生きている。元来、「亡」=「ない」+「女」という字の構成で、「女性に心まどわされ、我を忘れたふるまいをすることを示す」(漢字源・学研)という語感が強い。仏教的教義の上では、まさに“タブーな行為”として捉えられていたはずだ。その延長で心理学でも「根拠のない主観的な想念や信念」となり、「容易に訂正されず」とか「承知しない」「堅く信じてしまう」という「病的原因」により起こり負の意味合いで使用されることが多いようだ。



 しかし、辞書的意味の中でも「夢想」と示してある『新明解』にやや光が見える。決して「妄想」は負の側面だけではないと感じられるのだ。それならば通常は「想像」という語彙を使用すればいい訳であるが、何となく「ひとりよがりを楽しむ」という観点から「妄想」に効用があるとも考えてみたくなる。





 ここで茂木健一郎氏のいくつかの連続Tweet(2012年2月22日)を紹介しよう。

(4)一般に、プレッシャーは自分で自分にかけて、自分でコントロールするのが良い。他人や外部からかけられるプレッシャーは制御不能なので暴走しやすい。練習のときから、自分に良いプレッシャーをかけ、それを楽しむくらいでやれば、本番に強い人になれる。


(6)本番で最高のパフォーマンスを発揮するためには、「集中しているけどリラックスしている」フロー状態になるのが良い。緊張していることを集中していることと混同してはいけない。微笑みがうかぶくらいの余裕で、しかし最高の集中をしているときに人は最高の能力を発揮するのだ。


(7)フロー状態になるためには、自分の実力とその時の課題が、高いところで一致していなければならない。つまり、普段の努力、修練はやはり怠ってはならない。その上で、本番では、集中しているけどリラックスしている、まるで空を雲が流れるような境地を目指せば良いのである。


(9)一番必要なのは、「根拠のない自信」。これまでそれだけの準備をして来たのだから、必ずうまくいくという根拠のない自信が、本番における最高のパフォーマンスを導く。逆に言えば、本番までの日々においてそれだけの準備をするように、決して怠ってはならない。




 ここで茂木氏は、「プレッシャーは自分で自分にかける」ことを勧めている。その結果、「集中しているけどリラックスしている」という「フロー状態」を産み出すことができるというのである。そのためには、「自分の実力とその時の課題が高い所で一致していなければならない」とし、そのためにも「普段からの努力、習練を怠っては」ならないともいう。その結果、「根拠のない自信」が生まれ「最高のパフォーマンスを導く」とまとめている。



 考えるに、本番での緊張を日常的に予行演習する「自分で自分にかける」プレッシャーを作り出すには「妄想」が一番である。この考え方の上に立てば、「妄想」の語感が持つ「根拠のない不合理なこと」が、本番での「自信」を生み出すとも考えられる。となるとやたらと「妄想は慎むべきだ」という考え方も、偏向したものと言わざるを得なくなるのだ。自らが向上するための現実にリンクしたところで「妄想力」が発揮できれば、本番の重圧に負けない「空を雲が流れるような境地」を実現できるのである。


 09年WBC決勝で、イチローの2点適時打で日本が2連覇を決定的にしたことは、多くの方が記憶しているであろう。あの時、イチローは自分自身が打席に入る直前から、脳裏で「イチロー選手」の中継実況を始めたという。「さあ!イチロー選手がいつもの動作で打席に入ります。ここで打てば日本の連覇は決定的・・・・」(この実況は筆者の妄想なので悪しからず)。「野球生活での最大の恐怖」に打ち勝つために、自らを「妄想」の渦の中に投じたのである。そしてワンバウンドになりそうなチェンジアップをファールにして切り抜けた瞬間、「必ず打てる」という「根拠のない自信」が持てたという。現実は多くの方が目に焼き付けたように、中前適時打という美しい現実となって花開いたわけである。


「妄想」を楽しもう。
語彙として「夢想」と置き換えてもいいのかもしれない。
その限りない想像力の世界こそ、人間としての可能性であると信じている。
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