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大塚英志・宮台真司著『愚民社会』雑感

2012-01-25
 3.11以後において、社会の様々な潮流を読み情報を選択することに錯綜し、混乱を覚えている人々は多いはずだ。何が正確な情報で、何が嘘の情報であるか?それはもはや、いや爾来、一定の線を引けるような性質ではなく、ただ多くの人々が自分たちの都合がよい方向に受け取り、都合のよくない情報には目をつぶるという姿勢に終始しているのが現状ではないだろうか。ともすると自分にとって都合のよくない情報発信者を攻撃し、自らの危うい立ち位置を更に盲目的にすることで刹那的な踊り場を確保しつつ、危険水域に自らを陥落させる愚かさを露呈したりもする。様々な日本の現状を観察すると、3.11以後において改めて明白にそんな社会が露顕したという感想を持たざるを得ない。

 大塚英志・宮台真司著『愚民社会』(太田出版)を読んで、現状の日本社会において実感していたことが、更に深い知識として言説化されていて腑に落ちた。日本の社会は、3.11で何かが変化したわけではなく、この書籍の帯にもあるように「日本は既に終わっていた。」のである。「近代への努力を怠ってきたツケが、今この社会を襲っている。」ともある。本書の中で「今ごろ「終わりなき日常は終わった」といっているヤツは終わっている」という節にも、それはよく表現されている。こうした現状の日本社会における不可避な倒錯を、多様な言論・批評を引用しながら忌憚なき両者の対談として収載されているのが本書である。


 宮台氏の明解な主張はこうだ。
 〈任せて文句を垂れる作法〉から〈引き受けて考える作法〉へ
 〈空気に縛られる作法〉から〈知識を尊重する作法〉へ
 〈行政に従って褒美をもらう社会〉から〈善いことをすると儲かる社会〉へ
という三点を、せめて一部の人々が身に付ける「生ぬるい「べき論」」を超えて、「冷厳な「淘汰と選別」へ向かうことを本音として語っている。

 大塚氏は、「政治家も知識人もメディアも、「国民」を「動員」しているのではなくて「動員」されることでしか大衆との関係性が成立しない」という点や、明治以後、「日本人の自己像」がどう錯誤的につくられてきた点を指摘して、敢えて差別的に日本人を「土人」であると呼称する。それは「歴史」という近代的な時間軸がつくれず、「時間はただ循環するだけでリセットを繰り返す」という近代以前の思考回路のままであるということで、震災以後、この国の住人を「土人」と規定すると「すべてが氷解する」と述べている。「「日本人」たちが「近代」を忌避し、思考停止の中で生きている状態」を、差別的に「土人」としているのである。

 本書Ⅰにおける対談タイトル「すべての動員に抗してー立ち止まって自分の頭で考えるための『災害下の思考』」として、現状日本社会の諸相を、こうした枠組みで語っていく対談は、実に刺激的である。

 また宮台氏は、インターネットの男女マッチングサービスの現状に触れ、女たちが「Aランクの男に執着する」例を取り上げて、「女たちの多くが「三〇歳までは仕事に打ち込んで三〇歳になったら相手を見つけて結婚したい」と語るのを「余りに愚味な構え」だと指摘する。それは「実態から余りにも乖離した〈変性したリアリティー〉」だとし、結婚に関わる出会い問題に限らずすべての問題に見られると弾じた点も興味深い。以下、「原発の安全神話や原発はコスト的・リスク的・環境的に合理的だという議論もそう。日本は物づくり大国だという神話もそう。現実を見ないで、認知的整合性理論的に「今の自分」を正当化してくれるように現実を歪めて認識するのです。」という下りは、3.11以後の社会(いや、それ以前からの憂いに満ちた日本社会)への痛切な警鐘ともいえる。

 
 大塚氏が、「単なる技術論でもないし思想でもない、その中間にあるような物事をつくっていく思考のプロセスとそれを持つ個人」と表現する「方法」の構築を、神戸という“地域”を中心に「教育」に関連して行っている活動の今後を深く注視したい。

 宮台氏が、「世田谷のような全国一恵まれたーその意味は本文で語るがー場所で、もしかすると一〇パーセントぐらいの確率で成功モデルを残せるかもしれない。どんなリソースがあれば成功できるのかを示せるかもしれない。そして世田谷に続けという話になって改革プログラムが後続するかもしれない。」と前書きで投げ掛けるように、世田谷という自治的共同体に「社会設計者」として関わる活動も深く注視したい。

 そうすることによって初めて、宮台氏のいう「淘汰と選別」の真意を汲むことにもなるはずである。それは次の主張を見ればより一層理解できる。

 「自治的共同体同士が、優秀で共同体思いのエリートを育成する競争通して、非ゼロサム的にーどこかの共同体が勝てばどこかの共同体が負けるという形でなく―切磋琢磨することを想定する。」
 「一見すると冷厳に見えるこうしたソーシャルデザインだけが、温かい帰結をもたらすことができるだろう。」



こうした宮台氏のことばに触発され、多くの方が〈引き受けて考え〉〈知識を尊重する〉ためにも、読む“べき”一書である。

 眼前の自治的共同体で〈変性したリアリティー〉を排して、「引き受けて考え」「知識を尊重」することで、「善いことをすると儲かる」社会を自らが築いていくしか道がないことを肝に銘じる、という読後感がいま蔓延している。
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