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偶発的事象への対応

2012-01-07
今年の初笑に朝から新宿末廣亭へ。初席は落語芸術協会の面々。1部主任が老練の桂米丸、2部主任が会長の桂歌丸であった。入替なしのこの日は、1部2部を通して落語に耳を傾けた。初席というと顔見世興行的な流れで、大勢の落語家や色物が登場する。ゆえに1人当たりの持ち時間は少なく、長い噺は期待できない。そこで話術として何を学び取るかを考えてみた。
 この日に小生がテーマにしたのは、「偶発的事象への対応」である。自分が大勢の前で話をしている際に、予期せぬ出来事が発生したらどのように対応するか?例えば、研究学会などで発表を聴いていると、制限時間を知らせるベルが鳴るだけで、その後の話の流れを乱されてしまう発表者を何人も目にしたことがある。どんなタイミングでどのような予定外の出来事が発生しても、冷静に自分の話のペースを守れる心構えが必要だと常日頃より感じている。その対処法を実感するには寄席が何よりも増して格好の〈教室〉である。

お正月ということもあって、幼い子供を連れた祖父母もちらほら。子供が予想もしない声を上げ泣き出したらどうするか。敢えてその偶発性を利用して、自分の噺の拙さや腰が折れたことをネタとして笑いを誘うという方法に長けている落語家も多い。また最初から、前の方に座っている小学生ぐらいの子供が、全く笑わないことを“くすぐり”事前対応を試みる方もいる。年齢層が一定しない“聴衆”に対応するには、まず「子供対策」が重要な課題であることが窺える。

次に、“絶妙”なタイミングとも言えるクシャミ。冬場であることからこのケースも目立った。また花粉症の時期ともなれば更に多くなることが予想される。“噺”や“ネタ”が佳境を迎えるという際のクシャミは、タイミングによっては致命的であるとも言える。このケースでは、やはりその皮肉的ともいえる絶妙なタイミングを逆手に取り、更に自分自身が披露するネタのタイミングに付加して笑いにしてしまうという方法。または、敢えてふてくされて仕切り直しを演じるという二つの方法が導入されているように窺えた。クシャミに限らず、会場の大勢に対して“遅れたタイミングでの大きな笑い”なども同様で、やや驚いた表情を作って対応する噺家さんもいる。

この日の2部でトリとなる歌丸の枕は絶妙である。客席で携帯が鳴り出した「過去の例」を取り上げて、その電話に出てしまった男の噺をする。「もしもし、今寄席なんだけど。歌丸が話してる。それがさ~」などという“噺”をユーモアたっぷりに紹介し、寄席のマナーへの注意を喚起する。また、歌舞伎などの芝居を観る際に、終始、物を食べている人の噺も。人の話を聴いているのか食べに来ているのかわからないという例を取り上げて、そのうちにある客席の一隅に向かって、「あっ!どうぞご遠慮なく」と恐縮する。実際に何かを食べていた客も、恐縮して照れ笑いを浮かべ、会場とのコミュニケーションが確立する。それであっても、この日は、歌丸が本題の噺に入ってから、携帯着信が鳴っているという、共感性を伴わない客がいたのは残念であった。だが、こうした例により面白おかしく注意を喚起する姿勢は、〈教室〉ですぐに応用すべき技法であるといってよい。

いずれにしても「聴衆」を相手にしているという時点で、偶発的事象に対応する力が要求され、同時に「聴衆」との円満なコミュニケーションを取りながらも、話す側の立場が尊重される注意喚起を怠らないという姿勢が、不可欠なのではないかと思われる。

やはり〈教室〉で教えるという立場にあっても、これは重要な課題であると再認識する。


寄席を終えてから、携帯の電源を入れてメールチェックをすると、大学時代の先輩からの一通。「相談したいことがある。」の一言に返信すると、偶発的に会うことになった。その足で赤坂まで。こうした予定外の行動から何かが開けていくことも多い。

人生もまた、偶発的事象への対応が不可欠である。
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