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落語所作の妙

2011-11-12
 落語をCDなどで音声のみで聴くと、どうしても不十分な感じを受ける。音声しか残されていないかつての名人のものならともかく、せめてDVDなどで映像とともに鑑賞したくなるものだ。それは落語が、音声のみならず噺家の所作により多くの要素が表現されているからである。表情・動作はもとより汗のかき具合とか顔色の様子まで、その噺の登場人物になり切るような所作を、プロの噺家は演じている。

 金原亭馬治さんの、新ネタ勉強会「あのあの馬治の会」に参加した。この日の演目は、「文七元結」と「強情灸」いずれも所作の重要性が求められる噺である。

 「文七元結」は、娘が身請けして作った金を身投げしようとした若者を救うために差し出した人情話の決定版である。かの古今亭志ん朝も十八番にしていた。登場人物が、博奕好きの左官屋・長兵衛、かみさん・娘のお久・文七・近江屋・番頭・吉原の女将などと、立場も性格も違う人物を、噺家は様々に演じ分けなければならないのである。その演じ分けの要素として、語り口のみならず所作の働きが大きくなる。どういった役作りを一人の中で行うかという点が、この大ネタを演じる要点である。

 馬治さんも、そのあたりを心得ていて、長兵衛とかみさんのやりとりを中心に、表情や顔色などを含めて、場面の臨場感を引き出す好演であった。


 また、「強情灸」は、“峰の灸”といって背中に大量の灸を同時に据えたという話を聞いた男が、強がってそんなもんじゃたいしたことないと言い張り、腕にアイスクリームかのような山盛りのもぐさを置いて火をつけるという噺。次第に火が浸透してくるにしたがって、強情男の言い分や表情が見どころとなる。

 袖をまくって左腕を横一文字に出した馬治さんが、その時間の経過と共に顔色が赤くなり、「八百屋お七」だ「石川五右衛門」だと強がり口上を続けながら、強情に耐えている姿が印象的であった。もはや、これは文章では伝えることができないほどの所作の妙がある。

 
 落語はライブで聴くもの。それは所作を含めての芸であるから。

 そんなごく当然のことを改めて気づかせてくれた、馬治さんの好演。
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