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いくつになっても親は親

2011-11-09
 一定の年齢になると、親との関係が変化して来たのではないかなどと、敢えて意識しようとしたりする。子であるこちら側から、励ましたり喜ばせたりしたいというような気持ちが湧き上がったり。しかし、そんな思いで親に会うと、いくつになっても親は親だと感じる結果となるのが常である。

 幼少の頃から両親の背中を見て来たが、どう考えてもこの上ないほど働き者である。休もうとか楽をしようなどという発想を語ることもなく、休むことを悪のように感じるが如く働き続けていた。家の仕事場で深夜まで働く父の姿を覗きに行くことがよくあった。ラジオのかかる仕事場でナイターを聞きながら、父の仕事ぶりを眺めていたりするのが好きだった。そんな姿に、いつしか自分が励まされ何事にも努力が大切だと悟るようになったのだろう。

 今になっても、その父の姿勢は変わらない。至って現場主義。自らが動くことで仕事の喜びを全身で感じているかのような姿である。その父を母が後方から支えている。ある時は厳しい意見を投げ掛け、父と争いになりながらもその経営を統括している。

 幼少の頃から、随時母が語っていたことばがあった。母自身が幼い頃、叔父に預けられた際に、その叔父が語ったことばだという。

「反省は常に大切だ、だが後悔をしてもなにも生まれない。自分に誇りを持って、ただ前を向いて進め。」

いつしか、この言葉が自分の中にも染み付いていた。


 両親なりの挫けない生き方で、世間の荒波を幾度となく越えてきた強さ。この日も、改めてそんな偉大な力を感じた。やはりいくつになっても親は親だ。
 世間には、自分の家族を優れているとは公言しない日本的な“謙譲の美徳”がある。しかし敢えて小欄に記しておこう、自分の両親は偉大であると。


 両親があっての、今の自分。

 そんなことを深々と感じる今がある。
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