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無言仮面のおじさんは

2011-11-07
 政治が更に見えなくなってきた。自分がアンテナを閉ざしているからであろうか?それとも語らぬ宰相に対しての客観的に妥当な見方なのか?自らが生きる社会に、少しでも意識を持って参加し改善して行こうなどと考えても、糸口が見つからないような状況になってきているのではないだろうか。

 小さな組織でも、外部からどのように見られるかという体裁が最優先されて、内部で動く者の信条や誇りなどが無視される場合がある。どんなに意識を高く持っても、それがむしろ仇になり、“出る杭”になってしまう。そうした場に、正統なる「対話」や「議論」が存在するわけではなく、ただ外部への憂いだけの為に組織集団の論理に従うしかなくなる。


 海外へ行って「消費税増税公約」を宣言されても、“寝耳に水”とは、まさにこのことである。兵法に「外堀を埋める」という類のものがあるが、それとはわけが違う。様々な内憂において国民的議論が必要な現況であるが、そうした場や動きがあったとしても、国の首長は聞く耳を持っているとは思えない。

 発言を控えて批判が湧き起らなければいいのだろうか?語らぬ宰相をなぜ国民は黙って批判しないのだろうか?こんな状況において、本当に日本のジャーナリズムは終焉を迎えてしまうのではないかと思う程、「権力への監視」は実行されていない。無言で温和そうな印象で批判をかわせば、それで安泰な政治が行われるのだろうか。「無言仮面のおじさん」は「正義の味方」さにあらず、皮肉十分に「いい人」だと言える。これを放置し続ければ、民主主義は確実に衰退していくしかない。

 抑々、国民が現政権に期待したのは、情報の開放性ではなかったのか。それが悉く裏切られている今、もはや新たな道を模索するしかないのかと思ってしまうことしばしばである。


 季節は巡り、時間は放置していても経過していく。

 「対話」なき教育を受けてきてしまった国民の憂いは何よりも寒い。

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