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飽くなき追究と徘徊

2011-09-01
ボストンに滞在しているので、いくつかの大学キャンパスの様子を覗きに行ってみた。アメリカでは既に新学年のセメスターが開始されており、新入生らしき学生の姿も多数見かける。施設オリエンテーションや新しい所属での人間関係を構築するため、芝生の上でランチを共にしている姿が微笑ましい。

そんな光景を見ていて、やはりキャンパスの環境という点で日本の大学は全面的に劣るのではないかと思ってしまった。開放感に溢れるキャンパスにおいては、明らかに知的好奇心が刺激されるような空間となっていると感じる。ボストンという都市部の大学においてもそうであるのだ。

そんなことを思いながら、ノースイースタン大学のキャンパス内で、ある物を探し続けた。第1回ワールドシリーズが行なわれたという球場跡である。そこにはサイヤングの銅像とホームプレートが設置されているという。

大学の正門付近で案内板を見ていると気の良さそうな紳士が、声を掛けてくれたので、すかさず場所を尋ねた。紳士は丁寧に教えてくれたが、口頭説明だけで目的地まで行くのも至難の技だ。ほぼ言われた通りに行ってもなかなか見つからず、約1時間もキャンパス内を徘徊した。そしてほとんど諦めようと思った矢先、まだ見過ごしている場所があることに気付いた。それは、最初に紳士に教えてもらった案内板を再度見ていた時であった。

やはり迷ったら原点に帰る。これが鉄則である。そして目処をつけた場所にいくと堂々たるサイヤングの銅像が、捕手のサインを覗き込む姿勢で毅然と立っていた。

その小さな芝生の植込み周辺にも、新入生らしき学生が沢山いたが、銅像にはまったく興味がないようである。執拗に写真に収める小生の姿を異様な視線で見ているような気がした。

目標を必ず発見したいと思う執念。それは研究に似ている。そして発見した暁にも、その価値は全人が理解するものではないかもしれないのだ。されど飽くなき追究をどこまでも続ける。そこに研究を志す者の生き甲斐があるのではないかと思う。

旅の一場面には人生の縮図もある。無益と思える徘徊を繰り返すことこそ、他者が見えない風景に出逢う唯一の道なのである。
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