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カフェ語りこそ心の栄養

2011-08-13
しばらく単身で生活していると、話し相手が欲しくなるものだ。よっぽど好きな犬でもいれば、毎日他愛もないことを話しかけているに違いない。1日の中で自分が話した人をカウントすると、滅法少ない日もある。自宅の食卓では、自ずと食事も速くなる。ただひたすら食べ物を喉に通すしかないからである。

お盆休み前にあたり、自分が話のできる店を2日間で回った感じだ。英会話教室前に立ち寄る洋食屋さん、そしてその店に来る90歳の老人。英会話がないので酒を飲みながら様々に語った。老人には「8月15日をどういう思いで迎えますか?」という質問をしてみた。老人は「15日の数日前に、朝日新聞がポツダム宣言受諾へと動くというような、ほんの小さな記事が出ていたのをよく憶えている」と語った。当時にしてその記事を発見した老人の批評的な精神に、感激さえ覚えた。洋食屋さんの店主夫妻も、いつも明るく元気に対応してくれる。数週間アメリカに行っているという小生を、息子を送り出すように言葉をかけてくれた。実に温かい店の心温まる交流だ。


この日は、地元のカフェを訪れた。5月に“1周年記念行事”を開催して以来、常連さん同士の交流も盛んになった。常連さんたち相互にカフェを介して友人のような感覚が出てきている。お店のお盆休み前は、やはりこのカフェで語るしかないと思った。仲間である常連さん夫妻も共に、店主夫妻とお疲れ様の乾杯。地元で話のできる「居場所」があることは、小生をいつも勇気づけてくれる。店主夫妻の柔らかな雰囲気に癒されながら、3月震災以来の時の経過を回顧しつつ、しばし歓談の時となった。

店主とは特に「落語」「野球」という二つの話題を深い次元で共有できる。今回の落語への取り組みがどのようであったかという話題に触れて、その奥行の深さを噛み締め合う。自らが演じる立場を体験した者でないとわからない境地を、共有できる仲間がいるのは心強い。話していると更に新しい演目に挑戦してみたくなって来る。共通した趣味の領域で、お互いが切磋琢磨できる会話が貴重だ。

また「野球」について語ると底がない程の深淵に潜るような感覚である。少年野球時代の思い出。甲子園への思い入れ。現状の野球のあり方等々。話は尽きない。お互い人生の節々において野球を携えていることが、炙り出されるような会話になる。こうした会話に夢中になっていると、やはり「野球」は「哲学」であり「人生」であるといっても過言ではないという思いになる。


帰り際に際し、来週から渡米する小生に「いってらっしゃい!」という家族のようなことば。店主夫妻の心にはいつも優しさが溢れている。



家で語らなくとも、新たなコミュニティーを自ら創り出せばよい。

そんな気持ちに呼応してくれる温かい家庭の様な地元カフェ。

自分自身の何にも代えがたい心の栄養源なのである。
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