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自分が生まれる前の時間旅行へ

2011-07-25
 毎年4月に恒例で行われている親戚の集い「いとこ会」。今年は震災の影響で、中止となっていた。その会の折には、いつも母の生育地にも出向き、祖父母の墓参りをすることになっていた。それも今年は叶っていなかった。

 こんな事情もあって、この時季に、両親と母の従姉と4人で祖父母の墓参りに出掛けることになった。東京から車で約3時間。祖父母の墓のある田園風景が広がる田舎町までの快適なドライブ。途中、あるインターで降りて親戚の経営する田舎料理の店に立ち寄る。味噌田楽を出していただき、高速のサービスエリアにはないような心温まる休憩時間。

 早目の昼食は、ご当地名物の蕎麦屋へ。東京では食べられないようなコシのある蕎麦を存分に賞味した。その後、祖父母の墓へ向かう。街を見下ろす小高い丘にある墓は、数年前に整地されて、昔に比べれば藪っ蚊も田舎の趣も少なくはなった。しかし、その周辺の一番上のあたりに土地を叔父が寄贈したことで、そこに観音様が建ち、あたりの雰囲気は一層よいものになってきていた。

 その後、2軒ほど親戚の家を訪問して、様々な話を聞かせてもらう。その一つ一つが、母の育ってきた時間に関わるものであったりするので、自分がこの世に生を受ける前のことを話に聴くという不思議な時間が過ぎゆく。

 親戚の家の後には、祖父が宮大工として建立したという神社へ。山間にあるその神社は、霊験あらたかな場所にそびえ立つ。母がまだ4歳という幼少時に、この山間の村に数年泊まり込みで、祖父は建築に励んだという。その場所に、今回同行した母の従姉が夏休みになると町から出向いて、母たち兄弟の子守をしたというのだ。その母と従姉の話を聞いていると、更に自分が生まれる前の世界に引き込まれるようでもあった。

 神社の参詣を終えて、その近くの老舗旅館へ。温泉にゆったりと浸かりながら、日常の疲れを癒す。夕方からの食事時間になると酒も入り、話は益々様々な方面に及ぶ。この田舎町で育った母が、なぜ東京に出て来ることになったのか。父と結ばれるにはどのような秘話があったかなど、そんな話の折々に、「もしその時にこうだったら」等という自分勝手なプロットを創作して、差し挟みながら話を聞いていると、更に倍ぐらい興味を深める時間となった。

 そんな自分勝手なプロットというのは、実に罪な奴でもある。次第に、自分がこの世に存在していなかったか可能性を秘めた袋小路に入り込み、ともすると涙を誘う。だが、一定の年齢である今だからこそ、現実には紛れもなく自分がこの世に存在しているという事実を確かめながら、貴重な時間旅行が行えたような気分になる。

 また、母の行動・性格を観察したとき、それが遺伝的要素なのか、生育時に小生に移植されてきたのかは定かではないが、確かに自分自身を客観視したときに、同様の要素が散見されることに気付く。その中で、問題があると思われるものは修正しようなどと考えながら、「血統」の不思議さを垣間見るような時間が過ぎた。


 話は深夜にまで及んだ。

折々に母の従姉が語ることば。

「どんなに辛いことがあっても、それは自分が成長する為の試練だと思おう。それを乗り越えたとき、自然と人に感謝して過ごせる人になれるはずだから。」

たぶん今日ここで小欄に書き切れない発見が、まだまだあった筈だが、それは小生の胸に刻んでおく。

自分が生まれる前への時間旅行というのは、科学の進歩ではなく、心の進化で実現できることを知る機会となった。
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