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東アジアの中の日本語

2011-05-30

手紙で「・・・・・・候」といった文体を、時代劇以外で目にしたことがあるだろうか?自分の祖父母からの手紙の文体に、こうした語彙が表れていたかどうかということである。明治時代生まれの人であれば、けっこうこうした語彙を使用し、仮名遣いも旧仮名が混在する。「てふてふ」などと書いて「蝶々」と読むのだという、古典の時間に学習するような内容が、実用の中に顔を覗かせるような場合だ。これが世代間の言語文化の継承の一例でもある。


 岩波新書『漢文と東アジアー訓読の文化圏』の著作がある、京都大学・金文京氏の講演を拝聴した。題は「日韓漢字・漢文教育の比較と問題点」である。東アジアの漢字文化圏にある日韓2国において、「漢字・漢文教育」のあり方においては、歴史的に様々な変遷があり、その差はとても大きくなってきているという。

 「自国の国語教育の中で、外国の古典を原文で教えている。」

これはどこの国か?日韓どちらかおわかりだろうか?

 まさしく日本である。こんな状況に無自覚である多くの人々が、嫌々ながら中学・高校では「漢文」を学んでいるのが日本の現状だ。しかし、嫌々はさておき、たいていの場合が深い意識も持たずに「漢文」を学んでいる。この状況は外側から見つめると不思議なことなのである。

韓国の場合は、「国語」とは別に「第二外国語・漢文領域」として高等学校の選択科目として学ぶのだと講演で教えられた。その学び方は、「日本=訓読・韓国=懸吐(朝鮮漢字音で読み助辞を挿入)」という伝統的な読み方で行うという共通点もあるということだ。

韓国では1945年に「漢字廃止案」が施行、1948年には「ハングル専用法」公布。その後、ハングル専用を主張する民族派と漢字併用を主張する対立し、50年文字戦争の様相を呈したという。周知のとおり、現在では「漢字」を理解できる人が減少してきているようである。日本では、韓国の人名や地名などの固有名詞を表記する際に、漢字が使用される場合もあるが、それでも「ペ・ヨンジュ(裴勇俊)」と漢字で書ける人は稀だろう。


歴史的漢文教養主義に立脚した上で、自国のいわゆる変体漢文を排除してきたという漢文教育上の共通点を持つ日韓両国。こうした相違点・共通点を総合的に勘案し、東アジアの漢字文化圏のあり方を考えていくべきであると、講演を通じて再認識した。



金文京氏は、日本における最近の命名についても疑問が多いと語った。命名の場合、読み方に制限がない日本の法律であるゆえに、通常の音訓から逸脱した読み方が増えているからだ。そうなると本人に尋ねない限り、名前の読み方が不明な場合が出てくる。事実、最近はそれが多い。文字が公用語として読み方という基本的な範囲で共通認識を失うことは、文化的現象として懸念される材料になるはずである。


世代と共に言語も変遷する。だが深い文化的背景を持った根幹となる部分が必ず存在する。言語は文化であるという自明のことをふまえ、日本語は、東アジアにおける漢字文化圏の一員であるという認識を、常に見つめ直していかねばならない。
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