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1から10までどう数えますか?

2011-05-21
1から10まで声に出して数えてみる。

1(いち)2(に)3(さん)4(し)5(ご)
6(ろく)7(しち)8(はち)9(きゅう)10(じゅう)

つぎに10から逆に数えてみる。

10(じゅう)9(きゅう)8(はち)7(なな)6(ろく)
5(ご)4(よん)3(さん)2(に)1(いち)


とやったところで気付くことはありますか?


大学の講義の冒頭でこんなことを問い掛けてみた。それも実際に、4人1組で机を移動してカフェテリア形式で座っている学生たちに、グループごとに声に出して昇順・降順それぞれに4組ずつ「発声」してもらった。

4人の数え方が、グループ内でぶれることは殆どなく、全国様々な出身地である学生たちが、ほぼ同一の数え方ができるという事実も発見した。(もしかしたらグループ内で、違和感をもった学生が、声を小さくしていた可能性はあるが)

これに対して、気付いたことは?という問い掛けにはなかなか発言がない。ある男子学生が手を挙げて、

「昇る時は声が次第に大きくなっていったが、降りる時は小さくなっていきました」

と答えた。確かにそうだ。無意識のうちに数が大きくなるという感覚が声に現れる。これも貴重な気付きである。と同時に、未だ授業が数回目という学生同士が、4人1組となったとき、最初に声を合わせる時には、顔を見合わせてやや躊躇して声を出したという背景もあるだろう。


さて、この昇順・降順2つの数え方で気付くべきことはこうだ。

 4を「し」と読むか「よん」と読むか
 7を「しち」と読むか「なな」と読むか

である。


 これは井上ひさし氏が上智大学で行った講演録『日本語教室』(新潮新書2011年3月刊)の「芝居はやまとことばで」(P95)に記されている。なぜか、降順で読むと「4」と「7」に「やまとことば」が顔を出す。井上氏の言葉を借りれば「本性が現れる」のだという。

数え方などは、我々日本人全体がほぼ共有する身体化した技術であろう。しかし、実は、その深層には、日本語の歴史の一端が顔を覗かせる。身体化して無自覚になった「発声」は、意思なき統一によって支配されることになる。


声に出して読むことで発見できることはたくさんある。自分の声を意識して捉えることで見えてくる深みがある。

数え方ひとつにも、漢語とやまとことばが混在しているという、日本語の特質を考える契機が潜んでいる。
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