白熱教室から学ぶもの
2011-05-16
先週も紹介したNHK・ETV「スタンフォード白熱教室」の第3回目。テーマは「常識を打ち破る方法」であった。学生たちは4人一組で、「最悪の家族旅行」を考える。通常、アイディアを考案するには、「最高」を考えるはずであるが、敢えて「最悪」を想定してみるのである。そこでディナ・シーリング教授は、「最悪のアイディアを捨てるな」と促す。
そして、「常識」を「誇張」して考え、その「反対」を考えていく。「最高」を考えようとすると、果たしてこれでいいのかと煩悶し、常に修正を加えて行こうとする。しかし、「最悪」を考えていると、ある意味、気楽で面白く「分別を取り払い自分が解放される」のだという。そして考案された「最悪のアイディア」は、人々が考えもしなかった興味深い「家族旅行アイディア」として、光を放つようになる。「常識を打ち破る」には、こんな発想過程を辿る必要がありそうだ。
日本でも、「最初にフグを食した人」といった発想の奇抜さを讃える話がある。「最悪」な事態を考えようとしなければ、あるいは「最悪」を知らず恐れずにいなければ、生まれてこない発想である。人生のチャンスは、いつも「最悪」なリスクの中に眠っているのかもしれない。
スタンフォードが終了し1時間後。BS1で「ハーバードの震災緊急討論」が放映された。お馴染みマイケル・サンデル教授を始め、ハーバードの緊急医療・原子力行政・防災建築の専門家たちが、東日本大震災以後に考えたことをプレゼンテーション。全体のテーマは「この震災は、私たちを変えるのか?」である。
特にサンデル教授は、「グローバルな共同体」は可能なのかというテーマを論じ、世界規模でこうした震災への「責任・共感を共有」できるのかといった視点から持論を展開した。そこでは、「理性」と「感情」を結びつけて議論し続ける、「グローバルな教室」といった場を、我々が持ち得るかということが、大きな焦点になっていた。
サンデル教授は、最後に「今回の日本の対応が、世界を変える可能性がある。」という。それは、「世界中で民主主義が苦戦」する中で、この震災を「究極の民主主義に対するテスト」だと位置づける。日本で「率直で前向きな議論」が為されれば、この世界規模の民主主義の閉塞感を打開することができる筈だと言う。
今、我々日本人が背負った使命は、世界規模で実に重いのであると実感する。一人一人が、真摯に現状を考え、打開していかねばならないのだ。
やはり、「最悪」をどう捉えるかという発想法。スタンフォードで学んだ思考法に共通する。
この2つの大学教育の例は、米国の一部に過ぎない。しかし、優れた発想や方法が諸分野において、他の多くの大学でも実践されていると考えると、日本の大学はとうてい太刀打ちできない。若い人材の発想力において決定的な差になってしまうであろう。
まさに日本の社会・教育が試されているのだ。
教育の「常識を打ち破る」発想を展開すべく、「最悪」を考えてみよう。
これまでに国際的な学力水準を上げようとして発想された教育政策は、悉く失策となっている。閉塞な空間で矮小な発想を重ねても、事態は打開されない。
大学教育の発想転換は、待ったなしの断崖絶壁まで来ていると自覚しておこう。
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