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「ラスト~」の語感

2011-05-14
「最後」=「別れ」。何らかの節目というのは、人間として感情が揺れやすいものだ。「最後」などということは、ことばとしてあり得てもまた何かが継続するはず。「サヨナラだけが人生だ」は、反面「出会いだけが人生だ」とも置き換えられる。

 「最後」と言わず「ラスト~」と、カタカナ語で表現される。もはや「最後」とは別な語感を持ち、身近で頻繁に使用される「ラスト」。英語「last」なら「late」の最上級だから、たぶん語源的には、「現在の時点を基準にして一番近い過去」をいうのが本義であろう。と考えれば、その「直近」から現在へと連接した時間は、未来へと継続する。いかにも時制が曖昧でない言語的特徴も表れている。

 通っているスポーツジムで、インストラクターが退職に伴い「ラストレッスン」を行なった。金曜日の遅い時間にも関わらず、小生を含めて多くの会員が参加した。「今まで」という「過去」の人間関係が親密であればあるほど、「ラスト」の重さは増す。様々な局面で、自分のトレーニングに的確なアドバイスを提供し、その楽しさを教えてくれた方。東日本大震災後のジムでも、「閉館を余儀なくされて申し訳ありません」と歩み寄って挨拶をしてくれたことが思い出される。

 「ラストレッスン」には、彼女の思い出の曲が多用された。スタジオに響く曲は、「過去」が「現在」に引き続いていることを十分に感じさせた。一抹の淋しさとともに、このジムで共有してきた時間の貴重さが身に染みた。

 日本語の場合、「最後」という音の響きに、同音の「最期」もあり、まさに人生の終焉かのごとき感覚が付き纏う。「最後」というと、全てが停止してしまうかのような断絶感が生じる。もはや「ラスト」とは別物。それなら敢えて「ラスト」を、「過去からの連接を含んだ、動いていく現在」という感覚で、前向きに使用するといい。これから来たるべき出会いに向けた、希望の時間が含まれる。


 言語的特徴としての時制は、我々の生きる感覚も支配している。
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