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ことばの試作品を実験室で

2011-05-09
しばらく当ブログのあり方を自問自答していた。日記的に毎日の出来事をつれづれなるままに書いて、何の意味があるのか?それだけならば公開で行なわない方が、赤裸々に固有名詞も挙げ連ね自由奔放に書ける。だが、公開にしないことで「書く」ことの緊張感は失われる。どんなに意識をしても、自らに甘えてしまう自我に出会う。

日曜日のゆったりとした午後。馴染みのカフェでiphoneからTwitterを見ていた。すると、内田樹氏が自己のブログ(内田樹の研究室)更新を紹介していたので、そのリンクへ飛んだ。内田氏にしては珍しく、1か月ほどもブログを更新しなかった心情が克明に記されていて、思わず読み耽った。そこにあった内田氏にとってのブログの意味は、概ね次の3点だ。

1、 備忘録
2、 資料のアーカイブ
3、 萌芽状態のアイディアを転がす実験室

 確か自分が当ブログを始める契機も、内田氏のこのような姿勢を見習ったものであったことを思い出した。しかも、極力朝のうちに前日の情報をもとに文章を記す。そうすることによって、睡眠中に脳内で整理された記憶の中で、特に大切なものとそうでないものが分別されており、それを文章として具現化しておくことは、上記のような目的において理にかなったことなのである。これは茂木健一郎氏が、そんな向きのことを書いていたことを参考にした。

小生も、こうした姿勢が暫くは習慣化していた。

 しかし、「より良質なものを書こう」と肩に力が入ったために、4月以降は姿勢が一変してしまっていた。何らかのテーマに沿った設定を心掛け始めた。すると、むしろ自己の独創的な発想が、削がれてくるような感覚に陥った。「テーマ発見先にありき」となり、殆ど上記3点の目的から遠ざかっていった。特に、3番目にある「実験室」という意味合いが全く機能しなくなった。完成品を求めたがために、「試作品」すら作れなくなったわけである。

 
もう一つ刺激を受けたのは、NHK・Eテレ放送の「スタンフォード白熱教室」だ。ディナ・シーリングという教授が、学生たちとの見事なコミュニケーションをとりながら、「問題点からチャンスを見つける」というビジネス的なテーマを、実践的に指導(これはまさに「指し示し導く」という文字通りの内容だ)していた。それは一方的な押し付けではなく、受講者全体や2人一組などの議論を熟しながら、テーマを理解していく手法だ。(個々の教授法については、稿を改めて詳述しようと思う。)
 
 そこで学生たちが学んだことは、「試作品」作製において、多大なコストや時間を費やしてはならないということ。「試作品」はもともと即座に受け入れられるものではない。駄目出しも大いにあり得る。だが、失敗してもそれを作製し示すことで、次なる改善のヒントが得られる。人間は無意識のうちに視野を固定化してしまっているので、それを多角的に観る視点を養うことが重要だという。ゆえに、完璧な「試作品」など要らないのだ。

 そこに至る各段階には、様々な発想を共有する大勢による議論とともに、「独りでのブレインストーミング(wikipedia「Brainstorming」)」も必要だという。そしてその思考の連鎖を枝状に記していくことが、複眼的な結合改善へと役立つ。

 「定義・考察・試作・検証・共感」を、どこからでも自由に往来循環し、相手の立場を尊重していくのも、大きな特長と言えるだろう。かくして、「チャンスはどこにでもある」という発想法を、学ぶことになるのである。


 こうした発想から、日本の社会・教育の現状を俯瞰すると、「試作品」を叩かれることを恐れて、何ら前進できない人々が多いような気がする。完璧な答え、唯一絶対の正解のみを求められるがために、思考が固着する。求める側も作成する側も、単眼思考に陥り閉塞感の中で淀むしかなくなるのである。


 となると、ブログという場はまさに「発想を転がす実験室」であり、記した文章は「試作品」だ。その完成度を気にしていては、むしろ意義を失うのである。

 同時に、コストや時間をかけすぎてもいけない。

 文章の長短にも制約がなく、毎朝の新鮮な発想を「ことば」にすればいい。


 すると、自ずと組み上がった「ことば」が「力」を起動し始めるのである。
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