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眼の前にあるデジタル教科書

2011-04-26
 ここ数年来、電子書籍の発売が一般化してきた。また雑誌類においては電子版との共存が模索されながら、結果的に「電子」のみで活用できるような情報誌の場合は、次第に淘汰され始めているのが現状だろう。つい最近でも長年親しまれてきた「ぴあ」の休刊が発表された。これはまさに、グーテンベルグの活版印刷発明以来の書籍革命であると歴史的一幕として捉える向きもある。

そんな流れの中で、誰もが学校教育で使用した経験のある教科書については、どうなのだろうか。教科書は一般書籍とは違い、特別な書籍だと考えるのは、学校現場での考え方なのか。確かに義務教育段階での無償提供、文部科学省検定を経ているという特別な側面があるのは確かだ。だからといって、電子書籍の流れから乖離して生き続けるということにもならない。デジタル化の流れは確実に進行しているのだ。

25日(月)DiTTデジタル教科書教材協議会成果発表会に参加した。昨年7月に結成され、約9ヵ月間で基礎的な協議を続けてきた内容の報告がなされた。その提言やビジョンについてはHP上にあるのでご参照願いたい。国の方針では2020年までにデジタル教科書を導入するという目標を策定しているが、協議会では2015年に前倒しで導入すべきと提言している。教育改革の流れに伴走する形で、より早い導入をしないと、世界の中でも取り残されていくという懸念があるようだ。ただし、予算を始め、使用環境の整備・コンテンツの問題・教科教育との関係・学校家庭との連携等々、多くの問題があるのも確かだ。

発表会後半ではパネルディスカッションが行われ、有名どころでは田原総一朗氏・藤原和博氏などが本音トークを展開した。「学力は向上するのか?」「紙の教科書はなくなるのか?」などの問い掛けを起点に約1時間、様々な持論が披露された。協議会としても未だ初期段階の議論であるからやむを得ないが、現状ではインフラ整備・コンテンツの問題などのハード面の意見交換が中心であった。ただ、最終的にデジタル教科書を使用するのは現場教員であるから、特定な試験校(官僚言葉なら「フューチャースクール」)のみならず、全国津々浦々の教員たちの意識改革が必要なはずだ。教育現場というのは、外から見る以上に保守的・閉鎖的であり、新しいコンテンツを利用することに大きな抵抗感があることも予想される。

例えば、高等学校の国語教科書で教材選定の際に、新規で興味深い(本音は大学入試対策に有効でありそうな著者)評論文などを現場教員は求める一方で、定番教材を削除することを極端に嫌う。高校1年ならば最初の小説教材が『羅生門』なのだ。たいていの教科書が、これを4月~5月GW前後から学習し中間試験の範囲になるように仕組まれている。その理由は、担当する教員が何年にも渡り授業を繰り返しているので、慣れているという消極的なものだ。4月に新学期を迎え学校行事などで忙殺される時期を、教材研究の必要が少ない、「既に知っている」教材で乗り切るというわけである。もちろん試験問題も、例年似たような内容で済ませる。場合によっては、『羅生門』の読解自体が、担当教員が長年に渡り繰り返し、手垢にまみれた、「一つの正解」に収斂していくようなものになる。担当教員の授業が一定の線路の上から逸脱しようとしない典型的な例である。



果たして2015年までのあと4年間で、デジタル教科書はどこまで普及するのだろうか?

藤原和博氏が手掛けた杉並区立和田中学校のように、どの学校も革新的な発想を現実に展開することができるわけではない。

しかし、進めなければならない道であるのも確かであろう。ならば、現場教員や教員養成をする大学教員の意識改革が不可欠であるはずだ。協議会に参加して、自らも新しい意識を学ぶとともに、その橋渡し役になるべきであるという思いを強くした。


今後、試験校の実践見学や世界各国の現状など、自ら学ぶ課題も多く発見できた機会であった。

4年後は「未来」なのか?「現実」なのか?
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