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冷泉家の雅と天皇陛下

2009-11-15
14日(土)午前中の仕事を終えて上野へ。先日観た「王朝の和歌守展」の開催記念で、冷泉家に古くから伝わる七夕の宴「乞巧奠」の公開を観覧に出かけた。「紅葉の季節に七夕とは」と司会の冷泉貴美子氏の解説で始まる。陰暦七月七日には、織姫・彦星に諸々の供物をして、技が「巧み」になるように「乞う」ことを祈る行事だ。机上には楽器や食物。それも次のような和歌で覚えられるという。

  うりなすび  ももなし  からのさかずきに
 ささげ  らんかづ  むしあはび  たひ

 宴の最初は黄昏どきに蹴鞠で始まる。現代においてはサッカー競技などを連想するが、決して速さや回数を競うのではなく、「いかに美しく鞠を蹴り返すか」が焦点だという。実際、保存会の方々による実演が始まるとそれなりに回数は続くが、勝負をしている風はない。よくサッカー選手がリフティングの連続性を競うが、それとはまったく違う趣だ。いかに優雅で美しいか。その価値観の違いが鞠を蹴るゆったりした感覚に保存されている。
次に雅楽の演奏。調音(チューニング)が高度に様式化した「壱越調音取」で始まる。やはり、そのゆったりとした音調は、「雅」そのもの。あくせくと展開する現代音楽とは大きく異なる。次第に眠気も誘発されてしまうほど、現代人はこの緩やかに水の流れるような時間意識を失っている。

 その後、時間的想定としてすっかり夜になり、闇の中で和歌披講が始まる。兼題といって、事前に与えられていた題に対して詠まれた和歌を披講する。題は「七夕橋」。気になった歌を掲げておこう。

  瀬をはやみ逢ふ星わたす舟なくははるかにかけよかささきの橋

 最後は「流れの座」といって、この宴の参会者が、当座(その座での即興)の題で歌を詠む会だ。中央に天の川を見立てた白布が渡され、その左右に男女が対で座る。双方が歌を読んで交換する。これが延々と翌朝の鶏鳴の頃まで続くという。それにしても、各宴会行事の準備などにおいても、現代人から見るといかにも非効率極まりないのがわかる。しかし、果たして効率的という極点にだけ向かうような現代の方が、むしろ異常なのかもしれない。情報や交通手段や新開発機器を駆使し、いかにも効率的に素早く無駄のないのを良しとすることにより、失われたものはどれほど多いことだろう。王朝の雅たる空間に触れて、その時空の豊かさを、十分に感じることのできる公演であった。

 公演が後半になった時、会場の2階席の人々が全員起立した。どうしたことかと思っていると、天皇皇后両陛下が来場された。王朝和歌の雅やかな伝統の雰囲気に、両陛下の来場は、さらなる趣を加えた。先日、即位20周年の祝賀行事を行われたばかり。ご自身で「象徴たる天皇とは何か」を模索されてきたという。和歌という日本の文化的遺産を、天皇と同じ空間で観賞するということが、古典を考える上での気持ちを研ぎ澄まさせる。日本文化とは何であるか?この壮大なる問を、些少ながらも言説化するために。

 帰宅して豆腐中心の食事。その後、ジムへ行きエアロバイクにサウナ。1日が充実したのだが、少々の読書と思いきや、電動ソファーの餌食に。気付くと深夜2時。王朝であれば、鶏鳴の頃まで和歌を詠んでいたのだが、現代人は時計に支配されている。霜月中頃、電動ソファーは風邪への配慮はしてくれない。気をつけよう。
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