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声の推敲

2023-10-26
牧水の朗詠は一律ではなく短歌の内容で多様
「声」には様々な要素がある
〈教室〉の音読も声に出したものを推敲してこそ生きたものに

大手チェーン飲食店やコンビニ飯が多くの顧客を取り込むように、一律・規定・型通りが求められる世の中である。表面的には「多様性」などと言いながら、判で押したような横並びが好まれる証拠である。〈教室〉では毎日いつも同じような振る舞いが求められるゆえ、「簡単便利」でいつも一律なコンビニ飯のような「仮面」を纏い予定調和な己を演じている。その制御があるためか、「国語」の音読や「英語」のリーディングではほとんど無味乾燥な「のっぺら読み」しか為されないのが〈教室の声〉の実態であろう。「文字の文化」に侵食され過ぎたこの約100年で、我々は「声」にその場に合わせた表情があることを忘れてしまった。

日常生活での自律的探究的な思考を導く「言語活動としての音読」をどう考えたらよいか?附属小学校で行われた授業研究において、あらためて諸々と考えさせられた。物語の語りにおいて場面や登場人物の心情を読み取り、文脈に即した創意工夫により原作を読者として「どう読んだか(読みたいか)」を「声」によって遡及する言語活動が求められる。遡求の過程で「音読を工夫した根拠」を可視化させる必要があるのだが、その上で「根拠・工夫」が理論的に明らになっても、「生きた音読」にするためには「音声化」そのものを検証していく必要性がある。文章を書いたら「推敲」をするように、「音読」についても前提の理屈ばかりでなく「声」そのものを「推敲」するべきだと考えている。小説の語りには実に多様に場面を構成する要素が含まれており、「黙読」の読書では行き着かない領域が再生される場合があるはずである。

本文の「校異」から作品の文脈変化を批評する
「思考の型」を示しつつ高次元な表現へ向けた「型破り」を
授業そのものが「生きている」ことを実感する良質な機会の覚え書き。


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