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ライブ授業の対応力

2023-10-20
「資料提供」→「解説」ならオンラインでも
だが受講者の生の反応によるライブこそが授業
探究心を唆りながら相互に考える空間へ

本年前期に比べると、講義でマスクを着用している学生がだいぶ少なくなった。僕自身も最近はマスクなしで話をすることがほとんどになった。お互いに素顔を突き合わせて、表情全体で語り合うような「授業」が戻ってきたとも言える。(もちろん任意でマスクをしている学生を否定するものではない)向こう4年間において「オンライン授業」を行うことが多かったせいか、「資料提示」をして「自ら考えられる」方式の講義が普通になっているように自己省察をしてみた。提供する内容・展開は予定調和であり、受講者の疑問や探究心を即応して刺激するものになりにくい。そんな思いから、「オンラインでもできる授業」から「ライブでしかできない授業」をすべきではないかと思うようになった。

教職大学院の講義は特に、現場の疑問や問題意識に対応して多様な展開を意図して進行する。既に現職教員として何度も当該教材を扱ったことのある院生に、何をどのように提供したらよいか?はまさにライブによる即応力が求められる。「ライブ」というと音楽のそれを思い浮かべるが、「1曲目は何か?」と詮索したり「やって欲しい曲のイントロ」がきた時の待望感の爆裂のような感覚こそが、さらにそのミュージシャンを好きにさせてくれる。授業にも「マクラ」の意外性とか、自らが期待する内容に出逢えた時の喜びが学びを深くするはずである。「ライブ」にするためには、自らがあらゆる場合に対応する幅広い予想と展開力を持っておく必要がある。学部の文学史の講義では、まさに教育実習で『古今和歌集仮名序』を扱ったら「どのように文学史の知識を活かすか?」という問題意識を学生たちと対話をしながら作り上げた。敢えて「予定調和」になるスライドなどは提供しないで行ってみる。オンライン授業でどこか「スライドを見ることが学び」だといういささか安易で知識に偏った展開から、学び手をより主体的にする探究が求められると考えるゆえである。

学生たちとともに思考したという爽快感
そして「演習」では学生の問題意識を伝えるスピーチを実施
「教室」に集まって行えることの意義をあらためて貴重なものと考えて。


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