牧水没後95年牧水祭開催ー牧水愛が繋がる空間
2023-09-18
感染拡大で4年ぶりの開催人と繋がることを大切にした牧水
記念文学館館長・伊藤一彦先生の人の繋がりも企画展にて
第73回牧水祭が4年ぶりに、従来のプログラム構成で開催された。【第1部 歌碑祭】では牧水生家前にある夫婦歌碑にて牧水短歌の朗詠が行われた後、主催者・親族・来賓の方々をはじめ一般の方から夫婦二首の歌が刻まれた歌碑に酒が献じられた。牧水のみならず妻の喜志子に向けても、多くの方々が心を寄せるのが誠にありがたき歌碑祭である。10時20分より場所を若山牧水記念文学館前の「牧水公園ふるさとの家」に移し、「偲ぶ会」が開会。牧水母校の坪谷小学校全校児童による短歌朗詠と歌の斉唱、市長らのご挨拶の後は講演「『牧水と伊藤一彦』〜牧水との出会い、そして今〜」が始まる。冒頭は「牧水の死生観」から、人は自然に生まれ自然に還る、歌は神の前に跪くように、安らぎと穏やかな気持ちになるという牧水の生き方が語られた。そして、伊藤先生ご自身の問題意識として「牧水は故郷を愛しながらなぜ宮崎に帰らなかったか?自らは大学を卒業し帰ってきた身として大きなテーマであった」と明かされた。
講演では18首の歌が引用され、「あくがれの歌人」「目線の低さ」「恋の歌」「身体性」「旅先で名もなき庶民と繋がること」「(稀だが)社会・政治問題」など牧水の魅力を伊藤先生自身が再発見してきた内容であった。僕自身が大変に感銘を受けたのは、妻・喜志子の歌「行きいかば事にも遭はむしかれども今日の嘆きにますことはあらじ」である。牧水を一流歌人にすることに自らの生涯を捧げ、自身も歌人でありながら陰の存在に徹した喜志子である。その姿勢はどこか牧水の無名の人との出逢いを大切にして尽くし、自らも一庶民として社会的評判など「名前」で生きない姿勢に通ずる。没後10年に延岡「城山の鐘」の歌碑除幕式に臨んだ喜志子の歌「千万人来つつ見るとも遂に見ぬ一人のありてたのしまぬ身や」があらためて心に響く。没後の夫の名声よりも「ただあなたにだけ逢いたい」という切なる牧水への愛が伝わってくる。講演後は「懇談会」、弁当を食した後にアトラクションなど。この場では牧水・喜志子の曽孫さんと席を隣とし、僕の新刊で語りたかったことや今後の研究の方向性など、実に有意義な時間を過ごすことができた。
その後は「伊藤一彦展」へ
展示というより「伊藤一彦をよむ」何度も訪れたい内容である
VIVANT最終回を控えつつ堺雅人さんの直筆原稿の文字のまろみに心を打たれた。
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