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思考・判断・表現のLIVE

2023-07-29
生成AIを活用を見据えて
その時その場で身体だけで何ができるか
先端技術なき「生身の人間」が稀少になる世の中で

各分野で生成AI(人工知能)の活用への議論が盛んになってきた。携帯やスマホが出てきた時もそうであったが、何か新たな弊害に巻き込まれるのではないか?という不安がこの国の社会に先行して蔓延る傾向がある。しかし、今や子どもから老人まで多くの国民が「スマホ」を手にして個に応じて生活に活用している。きっと次第にスマホにも生成AIが様々に連携され、さらに予測もしない使用法が生まれて来るのだろう。さて、学問上の活用も多方面で使用が開始される中、当然ながら学生のレポート等への応用をどう考えるか?という課題について方針を表明する大学が増えてきている。Twitterなどを見渡すと、むしろ逆手にとって生成AIによってテーマの回答を弾き出し、その適切でない点を指摘させる試験を実施した大学教員がいるらしい。新たなものが出現した時、「人間が使われない」ためのリテラシー(読み書き能力)が必要だということだろう。

他にも「レポートの中に浮き出た文言」があると、その部分を検索や生成AIにかけることで「剽窃した元の文献」に容易に辿り着けるという採点への援用を示唆するTweetも見た。この件から考えたのは、最近の学生は「資料に当たる」ことが「活字」ではなく「Web」になっている傾向をどう捉えたらよいかという問題だ。実際に副館長を務める附属図書館でも、感染に対する規制が緩んだ今年は入館者数はコロナ禍前の水準に回復しても貸出冊数がまったく回復しない。農学・工学・医学の学部を持つ大学ゆえ、最新のデータはむしろWeb上にあるのかもしれない。それゆえに、蔵書資料の精選が求められるかもしれないのだ。かくした状況での大学の前期試験、僕はなるべく教場試験を採用し「思考・判断・表現のLIVE」を実行することにした。音声的に身体化したものを知識化する、逆に「知識→精査→解釈」を身体的に表現する。自らが問いを立て、自らが生成AIのように理路整然と論述する。などなど90分の試験時間中で「覚え込んだ知識を単純に問う」ことにならないような工夫をしている。生成AIにかければ一定の知識は簡単に入手できる時代に、「教師として生きる」学生たちに必要な「思考・判断・表現」の力を身につける試験方法を開発して行かねばならない。

孤立知識を問う穴埋めや単純設問は論外
教壇で教師が身体的に必要な語りに活かせるための試験
「覚えているか?」ではなく「どう使うのか?」に繋がる評価が求められるのであろう。


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