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語れる身体をもつ教師を育てたい

2023-07-25
感情の表現を人間として豊かに
AIの時代に身体性を意識した表現力を
まとめのスピーチで学び合う時間として

いよいよ2023年前期講義期間も、先週の金曜日から最終週となった。担当科目ではいずれも最終回に受講者のスピーチ機会を設け、お互いが15回で何を学びどんな力をつけたかを学び合う機会としている。とりわけ教員養成を旨とする学部ゆえに、「(人前で)語れる身体性」を育むことも肝要だと考えるゆえである。1年生配当の文学史の講義では、和歌・俳諧・散文の冒頭文などを暗誦してその文学史的な魅力を高校生向きに語るという想定のスピーチ。同じく1年生の『伊勢物語』講読の講義では、扱った章段の中から和歌一首を選んで暗誦した上で、その物語の魅力や現代的な学びの意義を語るというもの。さらに2年生配当の国語科教育法基礎の講義では、「国語」選考を選んだ理由や現在の学びとどんな教師になりたいかなど「教員志望」を自らの語りで確かめていく内容で実施している。

多くの人々の前で語ることは、誰しも決して最初から得意であるわけではあるまい。中高時代の環境の影響もあるだろうが、僕なども中高生の頃は学校では全く無口であった。現在と違って発表形式の授業も少なく、先生が話すだけであったので生徒らの表現力など微塵も伸びない教育を受けた。だが大きな海のように感じた大学では、日本文学専修ということもあり適切に表現するにはどうしたらよいか?を問い続けていた。やや大胆に傍若無人に振る舞う度胸もつき、研究会やサークル活動のおかげで社交力もかなり身につけた。それがそのまま教員に就職して役立ち、教室で語れる力になっていった。僕自身は学部が文学部なので(大学院は前後期とも教育学研究科)「教員養成系」の学びを受けていないが、大学のあらゆる機会を活用し語る力を身につけた気がする。先日の短歌トーク&朗読公演もそうだが、聴衆の方々が多ければ多いほど語り甲斐のある高揚感があって爽快な気分になる。ぜひ向き合う学生たちにも、教師のこうした愉悦を味わって欲しいのである。

理路整然とまとめるより抒情性あるスピーチを
生成AIが構成できない人間の語りとは何であろうか?
「そうですかスピーチ」にならぬように学生には心を大切にしてもらいたい。


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