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朝の舗石さくさくとーまだ離れたくない

2023-07-05
「君かへす朝の舗石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ」(北原白秋)
「連れてかえれない黄昏に染まる家路」(サザン・LOVE AFFAIR 〜秘密のデート)
「道ならぬ恋」を考えるために

ChatGPTなどの生成AIの教育現場での使用について、文科省がガイドラインを公表した。「不適切なケース・適切なケース」として使用場面ごとに要点が示されている。その適否については、機会をあらためて考えることにしよう。ただもはや試験などへの援用を恐れるあまり「全面禁止」にならなくてよかったと思っている。中高教員を長く経験したが、「中高生と携帯」について考えるに多くの学校で「全面禁止」の方針が取られたことで、むしろ陰での使用が中高生を危険な場面に誘導する事案が多く社会に蔓延した。むしろ使用法を適切に教えるのも、学校の役割だったのではと思っていた。学校現場において「臭いものには蓋」の発想は、過去から現在まで形を変えて大なり小なり存在することが、この国の「建前社会」を作ってやしないかと思う。「性教育」をはじめとして忌憚なく話し合う機会が、青少年期に求められるのではないかと思うのである。

話は迂遠したが「日本の恋歌ー和歌短歌と歌謡曲」の講義で、冒頭の北原白秋の短歌やサザンオールスターズの曲を教材に「道ならぬ恋」について考える回を設定している。白秋の歌は、隣人の人妻との恋心が極まった結晶のような一首である。この歌が発表される際には、恋した相手の夫に訴えられ「姦通罪」で収監されていたのは有名なエピソードである。また白秋の友人であった若山牧水も小枝子という人妻との5年間にわたる苦悩の恋があった事は、既に俵万智『牧水の恋』などに明快に記されている。相手の素性を知る知らぬという差はあれど、明治生まれで詩歌に名を残した二人が、ともに「道ならぬ恋」に落ちていたというのは単なる奇遇なのだろうか。最近でも、スポーツ界や芸能界の不倫についての報道が喧しい。現在は「姦通罪」はないながら「性暴力」による書類送検で謹慎になるとかCMの違約金が莫大であるとか、社会的制裁は計り知れない。恋はその身が自由なうちに存分に味わっておかないと、いつか暴発してしまうものなのか?「道」とは?「社会」とは?なんだろうか。ドラマではよくある設定だが、「恋歌」によって大学でもその思いを考えておくことが、むしろ学生たちに「恋」の免疫をつけ将来の幸せにつながることを祈りながら。

「恋に落ちてーFall in Love」
「時の流れに身をまかせ」など昭和の曲も
中高時代にもっと恋や愛を考える文学的体験の機会があってもよい。


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