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活字になる嬉しさー『短歌往来』2023年7月号評論

2023-06-20
評論・21世紀への視座
「牧水の鳥の歌」
特集「鳥類の歌」に寄せて

初めて公刊雑誌に自分の論文が活字化されてから、概ね25年ほど経つであろうか。あの時のことは今でも忘れられない。現職教員と大学院生の二足の草鞋を履き、専任教員の仕事をこなしながら必死な思いで論文を書いた。学部時代からの懇意にする先生方2名も背中を押してくれて、様々な形で助言をいただいた。印刷が仕上がって送られてきた雑誌の当該ページを、何度も何度も読み返したのを覚えている。現在のようにデジタル技術が日常性を帯び、身近にある印刷機で簡単に印刷できる前時代を生きてきたせいか、その感慨は一入であった。あれから既に公刊の論文は40本を超えた今でも、新たに活字になるのは誠に嬉しい気持ちになる。昨日も『短歌往来』7月号が手元に届いたが、冒頭に記したように評論「牧水の鳥の歌」を寄稿し、表紙に名前が明示され自らの原稿が活字化されている。

現在の朝の連続テレビ小説「らんまん」は、植物学者・牧野富太郎をモデルとしたものである。植物学雑誌の公刊のため明治初期には、石版印刷の技術を自ら習得し石版に絵を描き印刷に漕ぎ着けた様子が描かれていた。手書き原稿・活字を拾う技術の時代、現在以上の公刊の嬉しさは計り知れない。牧水も明治40年代の学生時代から、自らの歌集公刊及び雑誌発刊に出版社とのやりとりに奔走している様子が資料から窺い知れる。しかし、第1歌集出版の際などは出版社の経営が不安定で主人が急に田舎へ帰ってしまい暗礁に乗り上げ、恩師の尾上柴舟に費用を工面してもらい自費出版で何とか公刊したというエピソードがある。牧水は大学卒業を間近に控えての試験よりも、自らの歌集公刊に向けて校正の方に夢中になっていたと云う。それほど「活字になる」というのは喜ばしく光栄なことであることを、僕らも忘れてはならない。小欄もそうだが、Web上では簡単に文章が公にできる時代。だが印刷物として公刊するまでの時間と執心の度合いは桁違いなのであり、小欄などは書き流していることをあらかじめお断りせねばなるまいか。「活字になる」という成句のある時代に生きられてよかったと、つくづく思うのである。

書かせていただく場に感謝
自らがどんな状況でも原稿に向き合えること
牧水と同様に僕自身も鳥たちが友だちになったという成果がある。


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