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想像を幻想化する簡易書留

2009-11-12
11日(水)文学批評のことばが気になる。「すべての文学は、緊張の創造とその解除である。」と書物にあった。言い換えれば、「人間のいとなみはすべて終わりがあることによって意味をもたらされる。」というもの。「意味」は終わりから「逆生成」されるのだ。

 書類で申請したことに対して、その結果がもたらされるまでは、様々に想像力が逞しくなる。その後の仕事や生活のあり様まで、二次的な内容まで想像の翼は羽を広げる。しかし、一通の簡易書留で申請が却下されたことが知らされると、全ては幻想に終わる。となると、その結果が知らされる以前の、想像力旺盛な時期こそ「文学」に価するものであり、自己の中での「無意識」の物語が展開していたと評価できるのではないか。

 帰宅すると郵便受けに「郵便物の預かり通知」。簡易書留なのでポストに投げ込んでいくわけにはいかなかったらしい。即刻、郵便局に電話をすると、この日の配達は終わったという。仕方なく自ら小雨の中を郵便局まで出向いた。「ゆうゆう窓口」という夜間対応窓口へ。係の人が小生の郵便物を探し出してくる。まずはその郵便物の大きさや厚みで中身の想像ができる。されど未だ想像の領域だ。そして自宅で開封。やはり申請は却下。「想像」が「幻想化」した瞬間だ。人間は、自己の中に多くの物語を持っているべきである。その数が多いほど、他人の立場や状況に対して親身になれるというもの。自己が否定されるという経験を、恋愛でも仕事でも趣味でも多彩にしておくことで、自己の物語が豊かになるのだ。それこそ生きるということ。

 夜は妻にメールなどして、その後、Webで尊敬すべき人のHPなど。含蓄ある「箴言」で再び励まされる。読書をしようとソファーで読み始めるが、やや精神的にめげて、そのままウトウト。気付けば1時過ぎ、またやってしまった。

 「終わり」は「始まり」とも言う。また新たな「緊張」を創造して、その「解除」に至る時までの想像物語が、ドキュメンタリーの一部になるであろうことを期待して歩んでいくしかないのだ。
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