果たして「本歌取り」なのか?詳説 #舞いあがれ
2023-02-17
貴司くんの歌を「本歌取り」と主張する秋月史子編集者・リュー北條も気づかなかった一解釈として
巧妙に短歌が仕込まれ果たしてドラマの恋の展開はいかに?
朝の連続テレビ小説「舞いあがれ」から目が離せない。ヒロイン「舞ちゃん」の隣家に住む
幼馴染で気になる相手の「貴司くん」が歌人として「長山短歌賞」を受賞し、編集者から歌集出版について諸々の注文を受けているという展開が続いている週を迎えている。ところが貴司くんが店主の古本屋「デラシネ」に「秋月史子」という短歌にすこぶる詳しい「貴司ファン」が押しかけ、貴司くんを「先生」と呼びつつ諸々のお節介をし、舞ちゃんにとっては恋の横槍が入る状況となってしまった。概ね、こんな粗筋の中で昨日はドラマ後に「本歌取り論争」が起こった。僕の母校の先輩でもある親しい和歌研究者が、SNS投稿で秋月史子が指摘した歌は「本歌取りではない!」と主張して怒っていた。僕自身も史子の指摘にはやや驚かされつつ、違和感を覚えざるを得ずSNSコメント欄で意見交換を進めた。
君が行く道の長手を繰り畳ね焼き滅ぼさむ天の火もがも(狭野茅上娘子)
君が行く新たな道を照らすよう千億の星に頼んでおいた(梅津貴司)
仮に「本歌取り」と認めるとすれば、初句「君が行く」と二句目「道」が同一の言葉で置く位置も同じ、「天の火」と「星」が「空に光るもの」として通じ合うという類似性を指摘できる。また本歌とする歌は「(君が行く道を)焼き滅ぼさむ」として慕う人が離れるのをどうしても避けたい思いを述べるが、貴司くんの歌は「(君が行く道を)星に照らして欲しい」と慕う人の前途への希望を述べる歌であり、本歌との間に「ズラし」があるのも「本歌取り」の条件として指摘できるかもしれない。やはり存外、秋月史子は相当な和歌短歌の知識がある存在であるのは確かである。
君が行く越の白山知らねどもゆきのまにまに跡はたづねむ(藤原兼輔)
しかし、ここに記すように初句を「君が行く」とする歌は『古今集(離別・391)』にもある。ここで肝心なのは、「本歌取り」が盛んに意識して行われるようになった中世においては特に、「本歌取り」をした歌を聞くと、同時代の人々の多くが「本歌」を自然と思い起こすということである。つまりは、「本歌の情趣を重ね合わせて解釈されることを前提としての詠歌」であることが肝心なのだ。貴司くんの歌ならば、最初の読者である「舞ちゃん」も本歌を知っているという条件が必要であり、短歌出版社の編集者・リュー北條ならなおさら本歌が特定できていなければならない。もちろん我々・視聴者も含めて歌に詳しい人であってもなかなか「狭野茅上娘子」の歌を想起するのは難しかった。ドラマとしては「秋月史子」だけが、特異に「本歌取り」だと主張したわけである。SNS議論で先輩は、「貴司の剽窃(盗作的行為)、独りよがりなのか?」と言うので、僕は「史子の独りよがりで、それが恋との相関であるなら、むしろ本歌取りの定義から外れていた方が秀逸なストーリーなのかも」と返信した。さらに先輩が「貴司は以前の指摘を含めて本歌を否定しなかったけど」と言うので、「それは貴司くんの言えない優しさなのでは」と返信したやりとりとなった。
果たして「本歌取り」が絡んだ恋はどこに着地するのだろう?
貴司くんはどんな相聞歌を詠むのか?
Twitterを中心に「本歌取り」への理解が進んだようで短歌関係者として嬉しい展開である。
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