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元日と名付けられた今日に陽はまた昇る

2023-01-01
人間が作った暦にして
年が改まり元日となる
ただ今日の陽が無事に昇ったのを確かめて

大晦日は「紅白歌合戦」と「ゆく年くる年」、たぶん戦後史における歌謡曲の発展やTV普及の大衆文化を土壌として作られた「昭和の慣習」ともいえる時が過ぎる。「紅白」と男女に組み分けすることや、勝敗を決めることそのものが果たして現代における多様な文化に即したものなのか?和歌史を辿れば「歌合」において優劣を決する行事が盛んに行われたわけだが、「勝敗」以上に和歌を公に披講し比較読みして相対化するという意義が大きかったわけだろう。やや形式的な「審査」が行われ、「優勝旗授与」など両軍主将という影も薄くなったこの「慣習」に次世代へ向けて何を見出したらよいのだろう?デビュー50周年という松任谷由実さんや石川さゆりさんの記念碑的な意義、またAIによる過去の自分とのハモリにいささかの未来が見える。少なくとも平穏に戦後77年間が築いた行事ができていることの「平和」。個人的な贔屓と言われようが、桑田佳祐 feat. 佐野元春・世良公則・Char・野口五郎「時代遅れのRock’n Roll Band」の世界平和への訴えにさらに注目が集まるべきだろう。

「ゆく年くる年」を見終わる頃には就寝、早起きして日の出時刻の30分前に初日の出を見るべく海岸に赴いた。予想以上に人が多く集まっており、特に若い人たちの姿が目につく。水平線の沖に見える雲のような水蒸気から次第にジワジワとオレンジ色の発光体が昇りくるのが見える。1年に1度だけ、「確かに今日もこの地球が何事もなく太陽の恩恵を受けられる」ことを確かめる日でもある。やや寒かった身体の末端が、手を昇り来る太陽に翳すといささかの温かみが感じられた。この温度によってこの地球上の生物は、生かされているわけである。もしあの太陽が昇らない日がやって来てしまったら、どうなるのであろうか?何事にも行先の見えなくなってしまった時代にあって、もしかすると地球の運命を考えなければならない日がそう遠くなく来るのかもしれない。だがしかし、僕らは今年をさらなる明るい年となることを祈り、今日も無事に昇り来る太陽に感謝の祈りを捧げるのである。いずれにしても日本では、今日も「初日」と名付けられた太陽が無事に昇ったのだ。

桑田佳祐さんの新曲「なぎさホテル」の一節、
「いつの日にかこの地球が終わるとしても、
あの日の海辺で待ってるよ」に影響され過ぎであろうか?



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