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PK戦は本当に見られない

2022-12-06
「見られませんね」という本田圭佑さんの解説
もはや技術や精神や時の運も超えた競技上の非情
社会ではこうした「決め方」をしないようにせねばならない

寝不足感とともに、口惜しく残念な気持ちを引き摺る朝だ。W杯決勝トーナメント1回戦、日本対クロアチア戦は、1対1で延長前半後半30分まで闘って決着つかず。PK戦での決着に持ち込まれたが、日本のPKを次々とクロアチアのゴールキーパーに止められ敗戦という結果となった。もちろん日本のゴールキーパーの権田さんも検討し最後まで1本のシュートを止めたが及ばなかった。もはや誰それが外した云々ということは取り上げるのも忌まわしく、本来はキーパーの働きさえも書きたくない心境だ。スポーツで勝負を決めるための延長やプレーオフの方法は多々あるが、サッカーのPKほど非情な方式はないように思う。(もちろんゴール系の他の種目も同様な状況があるのかもしれないが、管見では知り得ない)それまで組織的にチームで相手に対抗していたのが、急に「蹴る一人」「守る一人」の「一対一」に勝負の全てが託される。チームとしては肩を組むとかして、その「一人」の幸運を祈るしかないのだ。

初任校で高校教員をしていた時、サッカー部が全国大会で優勝候補にもなる強豪校であった。ゆえに都予選から、全国高校サッカー選手権大会まで数多くの試合を観戦に出向いた。もちろんPK戦となった試合もあり、試合展開では優位に立っていたはずという思いの中で生徒たちがこの「非情の儀式」で敗戦を喫したこともある。試合展開の中で頭に怪我までしたストライカーが、虚しくPKに散ってしまった姿には、教え子ゆえに涙を流さずには会場にいられなかった。もちろん彼はその後、Jリーグで名だたるストライカーとして活躍するに至った。あの敗戦は、次への階梯への「バネ」になったのであろう。はてまた旧国立競技場での決勝で、延長引き分けというケースもあった。この場合、PK戦はやらずに「両校優勝」という大会規定であって胸を撫で下ろした経験もあった。「それがサッカー」と言えば、それまでである。社会にも人生にも、非情な厳しさがある。だが実力のみでは測れないこの方式には、日本代表としても2回目のベスト8目前の敗戦だ。「PKにも強い選手を養成すべき」ということなのか?いや、PKに持ち込まない戦い方ができる代表チームとなるべきだと思う。どんな次元のどんな競技でも同様だが、「ベスト8」はそう簡単ではない。この段階で120分「1対1」という結果を、明日への希望として日本代表サッカーは、歩みを続けて欲しい。

社会ではPKにもならぬ独裁・強硬な決着が目立つ中で
スポーツの非情さが平和への一歩になりますように
30年間積み上げた努力の先へ、サッカー日本代表の「夢」は新時代を迎えている。


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