仮面としてのマスクを考える
2022-09-22
市役所の支所へ行けば馴染みの方々に2組も偶然に会えた
マスクで顔がよくわからないなどと言いつつ
必要があって市役所支所へ赴いた。申請書に書き込み、順番待ちのカード番号を発行し待合椅子についた。すると見たことのある方が、近くの椅子に腰掛けた。ただし、お互いにマスクをしているので、「たぶん」とは思いながら確信が持てない。僕の方からほぼ間違いないと思い、「こんにちは」と声をかけると、「私、知っていますけど」となかなか誰だかわからない様子。それを察知したので、「・・です」とこちからか名乗ると、「あ〜!」と僕だということをわかってくれたようだ。「マスク」といのは、感染対策の用途以外にある種の「仮面」になってしまっている。ほぼ眼と頭髪の情報しかない。街を歩けば「似たような」人だと思うことも、以前より多くなった気がする。有名人が所謂「変装」するのは、帽子とサングラスが定番だが、「マスク」が加われば最強だろう。僕たちは公共の場で、顔の全貌を曝さない社会に生きている。
勤務校では今年度4月から「全面対面」が貫かれている。ゆえに新入生の「仮面を剥いだ素顔」を僕は知らない。感染対策に効果があるとされ、ほぼ日本では着用が暗黙で義務付けられている。エリザベス女王の国葬に参列された天皇皇后両陛下であったが、往復の航空機では「白マスク」、英国到着時は「黒マスク」、国葬参列時は「ノーマスク」という変化があった。一部の報道によると「宮内庁の熟慮」だそうだが、まさに日本の国家国民を象徴しているかのような事例であった。周辺の状況に「和をもって」同調していく、という訳だろう。欧州では、ほとんど公共の場でマスクを着用している人は見かけない。特に「白マスク」は「病人か医療関係者」に見えるらしい。あの荘厳な女王の国葬の場で、仮にマスクをしていたら明らかに場違いな印象を世界に与えることになる。顔全体の表情や喋る際の口の開閉など、マスクが個々人の身体に影響を与えている面も否めない。「みんながしているから」という同調主義の際たる現象が、コロナ禍の「マスク」ではないか。翻ってこれほど「マスク」を着用している国が、しばらく感染者数世界一であった現実を僕たちは、どう評価していったらよいのだろうか。
この2年半「マスクをしないで過ごした」という親友も
ウォーキングなどの機会には僕も既にノーマスクだが
「国民総マスク」製造販売業者は潤っているのだろう。
- 関連記事
-
- 「日常」を創り出すために (2023/04/21)
- 口を開き蛸壺から出て大海を見る (2023/03/30)
- あたたかき陽射しのめぐみー換気に十分な気温ながら (2023/01/13)
- 自制するこころ (2022/12/04)
- 仮面としてのマスクを考える (2022/09/22)
- オンラインはコロナのためならず (2022/08/27)
- 何を大切にすればいいのだろう?ー島国らしき鎖国の中に (2022/08/12)
- 清潔一掃を求めすぎた近現代ーカビ取りの理屈 (2022/07/26)
- 何もしないという方法ーどうなるこの感染 (2022/07/22)
- コロナ禍で失っている身体性ー声と表情 (2022/06/14)
- オンライン・ハイブリッド・顔合わせ (2022/04/13)
- ワクチン副反応奮闘記 (2022/03/26)
- 新たな動詞で生きるー福祉国家デンマークから学ぶ (2022/02/02)
- 感染のゆくえをどう考えようか? (2022/01/20)
- やがて夕凪その次の波 (2021/09/08)
スポンサーサイト
tag :