宮崎大学公開講座「牧水をよむ」第1章「永遠の旅」その3「恋」
2022-07-24
「海見ても雲あふぎてもあはれわがおもひはかへる同じ樹陰に」「風わたる見よ初夏のあを空を青葉がうへをやよ恋人よ」
「髪を焼けその眸つぶせ斯くてこの胸に泣き来よさらば許さむ」(第一歌集『海の聲』より)
宮崎大学公開講座本年度第3回目、第一歌集『海の聲』によむ「恋愛ー牧水と小枝子」を開催。この日は宮崎市中心で「えれこっちゃ宮崎」の祭りが開催されており、多くの人々が浴衣姿やダンスの装束などで沿道に溢れかえっていた。こんな暑い夏を感じさせる光景を見つつ、宮崎大学まちなかキャンパスに向かった。今回はまさに夏の暑さに負けじと劣らない、若き牧水の「恋愛」を歌から読み解く講座内容である。まだ牧水が学生だった頃、親友の人間関係を理不尽だと憤慨し既に日向まで帰省していた牧水は神戸へと引き返す。そこで偶然にも出逢ったのが、園田小枝子という女性である。もとより現代では考えられないほど友情に厚い牧水の純粋な心が、小枝子という魅惑の存在に触れて突如として発火したような恋の始まりである。冒頭に挙げた一首目は、伊藤一彦先生が選んだ歌、東京の武蔵野を二人で歩いた後に帰省の途次に中国地方を歩いている際の歌。二首目が僕の選んだ歌だが、いずれも爽やかな恋人との恋愛がよめる歌である。伊藤先生曰く、旧制延岡中学校での生活は周囲に男性ばかりだったこともあり、大学生となり東京に出た後に知り合った小枝子にには、「大人が麻疹(はしか)にかかるように高熱が出た」のだと云う。日向に帰省した際の牧水もまた、常に小枝子のことが脳裏から離れない歌が多く見られる。
「ああ接吻海そのままに日は行かず鳥翔ひながら死せ果てよいま」伊藤先生と僕が共通に選んだ歌は近代短歌史上、究極の「接吻(きす)」の歌。俵万智さんの『牧水の恋』(文春文庫)に詳しいが、千葉の根本海岸で牧水が小枝子と結ばれた際の絶唱である。この根本海岸で二人で過ごした時間こそが二人の恋愛の頂点でもあり、次第に坂を転がり落ちるように恋に陰りが見え始める。もとより小枝子は人妻であり、姦通罪がある当時としてはまさに禁断の恋。根本海岸にも小枝子の従兄弟に当たる赤坂庸三ふが同行しており、俵さんは「カモフラージュ」も施していたと読み解いている。冒頭の三首目の歌は、思わせぶりながらどっちつかずの小枝子に身を削って詫びを求めるような歌。伊藤先生は「君かりにその黒髪に火の油そそぎてもなほわれを捨てずや」を選んでおり、激しい「怨言(かごと)」などを投げかけた牧水の心の苦しさも伝わってくる。「君を得ぬ」とは言いながら、愛の海に「白帆を上げぬ」と邁進しようとしても「何のなみだぞ」と自問する牧水。どのような状況であっても、牧水の純朴さがまずは読み取れる歌に真に人としての良さを感じ入ってしまう。この純な牧水の恋の思いに、受講者とともに若き日の自らの恋とも重ねわせ、実に豊かな「永遠の恋愛」が各自の中に宿るような講座内容となった。
「山ざくら花のつぼみの花となる間(あい)のいのちの恋もせしかな」
激しい恋愛に磨かれて表現者として成長した牧水
愛する相手にも文学にも、向き合うのは命懸けであることをあらためて学ぶのである。
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