江戸時代から受け継がれたもの
2022-07-23
文学史(概論)14回目の講義江戸時代の読本・滑稽本について
幽霊・珍道中・勧善懲悪などは現代にも
前期講義もあと1週間、最後のまとめを残して14回目を実施する週だった。担当する「国文学史Ⅰ」では、今年度から「日本文学概論」ともいえる内容にリニューアルした。昨年度までは時代で分割し「上代・中古」を扱い、「中世・近世」は「国文学史Ⅱ」で扱っていた。だが大学1年生の時点ということと小学校免許を中心に取得する受講生も多いことから、「概論」的な内容が求められると思いをあらためた。現在は小学校の教科書にも「古典教材」が見られるようになったが、現場の先生方は「音読中心」によって「古典に親しむ」という指導要領上の趣旨の扱いには苦労しているのが現状のようだ。もとより、先生方の「古典教材」に対しての基本的な認識が十分ではない。場合によると高校時代の「古典文法アレルギー」を自ら引き摺りながら、”やむなく”小学校で古典教材の授業をする先生方も少なくないと聞く。本学部の特徴である「小中一貫」の方針からすると、小学校教員でも「専門性の高い」教員の養成が期待される。ゆえにせめて文学部に設置されている「日本文学概論」程度の内容は理解しておいて欲しいという願いを体現したものだ。
この日は江戸時代の「読本・滑稽本」をテーマとした。『雨月物語』の怪異幽霊譚、『東海道中膝栗毛』の旅先の滑稽な失敗譚、『南総里見八犬伝』の勧善懲悪譚、いずれも現代の様々なサブカルチャーなどに影響のある作品ともいえる。三作品の概要を話した後、受講学生たちが興味を持てそうな内容について個々にコメントを求めた。怪異譚では「人間が人間でないものに化ける」という構造こそが、ゲームやアニメで頻出する内容であるという指摘。「化ける」ということは人間が自らの存在意義を確かめる行為であることを思わせた。受講者のコメントが多く集まったのが『膝栗毛』、「滑稽」であることは娯楽に通じ、現在でも「お笑い」が一般的であることに通じるという内容が多かった。「笑い」にはどこか風刺の要素もあり、社会に不可欠な自浄作用をもたらしていることに気づかされる。勧善懲悪譚は儒教倫理に連なるのだが、ウルトラマンや仮面ライダーに戦隊物など、学生らが幼少の頃から身近に感じてきたものも全てはその類型だ。八犬士の「仁義礼智忠信孝悌」などについては、僕の父などは学校の学級名が「仁組」「義組」だったと聞いたことがある。さすがに学生に馴染みは薄いようだが、江戸時代からこうした倫理が明治以降もそれほど遠くない時代にまで生きていたことを考えさせられる。現代とつながる要素が大きい江戸文学、ほとんど古典教材として活かされていないことは誠に残念な状況である。
古典芸能や時代劇から学ぶ感覚も大切
明治以降の154年を相対化した上での古典学習へ
文学が後退するのは教員養成の方針にも拠るといえるであろうか。
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