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そこに道があるー選択と運命

2022-07-14
様々な巡り合わせの波の中から
引いたと思うと乗るべき波がやって来る
自らの積み重ねと選択に前向きであれば、そこに道がある

「どんな経験でも糧にできる」親友のライター・真山知幸氏が「物書きを目指した理由」としてこう述べていた。「思い通りにいかないことの方が多い人生を楽しみつくすにはこの職業が一番」とも言っている。簡単に世間に受け入れられる訳ではない「物書き」という評価が第一の仕事を、「楽しみつくす」というあたりが誠に粋である。人間は夢や理想を求めるものだが、それは簡単に辿り着くものではない。だからといって安定だけを求めるならば、人生を無駄にしてしまうようにさえ思う。仕事の殻を纏いながらも、危うい挑戦をし続ける。殻を破ればその先にきっと登らねければ見えない道が見えて来る。組織での仕事は時に頑張れば頑張るほど、疎まれることがある。そこまで力を注ぎたくない大勢の人たちが、高次の行動があると自らの怠惰が露呈されるからだ。突出しない横並び、この国の際たる生きる姿勢である。それが若い頃から、僕には到底受け入れられなかった。中高勤務を続けながら大学院に進学したのも、こんな考え方によるものだ。「研究」をすれば普段の授業が自ずと良くなるのだが、管理職には「学校に集中せよ」と否定的に捉えられていた。研究日前夜に大酒を呑んで二日酔いに沈む人間の方が、好感をもたれる組織社会であった。

私立中高ということもあり「永年勤続表彰」なるものがあった。だが職員会議等でその表彰が行われるたびに僕は、「こうはなりたくない」と思う天邪鬼だった。狭い水槽内で与えられた酸素を頼りに生きていく、酸素も餌も好条件であればあるほど金魚は脆弱に肥満となるだろう。自然の流れではない水槽はやがてやむなく汚濁する。だがその汚濁にも気づかないまま、荒波を泳ぐ勇気も体力も失っていく。たとえ「永年勤続」であったとしても、水槽の外の世界で輝いている先生については実に逞しく見えた。中高教員でありながら一流の書家であるとか、人生の主軸が自らの芯に通っている人には憧れた。「収入」という意味では、「学校」という水槽は安定好条件である。ゆえに大海に飛び出すというのは、なかなか勇気が必要だった。折も折、類似した経験をしていたのが真山氏であった。彼の最新作を読むと、僕の当時の波の選択が誤りでなかったことが確かめられる。偉人の生き様を題材にした著述が多い中で、彼の中にある何かが僕に訴えたのだろう。中高教員を辞する決断ののち2年を経て、大学専任となる波に乗ることができた。芯を貫いて生きていれば、きっと自分らしき波に乗ることができる。彼との出逢い、そして契機となった方の生き様を見て、あらためて僕の運命がそこにあったのだと思う。

新刊!真山知幸『あの偉人は人生の壁をどう乗り越えてきたのかー視野が広がる40の考え方』
(PHP研究所刊・2022年8月)
あなたも人生の波を楽しみませんか!


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