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題詠「蛙」ー宮崎大学短歌会6月歌会

2022-06-08
雨の季節に題詠「蛙」
鳴き声かはてまた・・・・・
「かえる」と読むか「かわず」と読むか

宮崎大学短歌会6月歌会の第1回目。ゲストに歌人の方や県庁関係の方もお迎えし、附属図書館にて開催した。「対面歌会」が通例に戻りつつも、「オンライン参加」を維持するために最新のカメラが設置され部屋の光景を映し出しオンラインと接続できる場所を試みに使用した。使用に慣れれば活用できそうだが、初回であったために機材の設置に職員さんもお呼びしてしばし時間を要してしまった。今後はオンラインで他校などと大規模な合同歌会を開催する際には、期待ができる部屋である。まずは歌会開催までの慌ただしさは、より運営を簡素化するなどの工夫が必要だろう。例えば、詠草互選票担当と司会者を分業にするとか、会場設置係を置くなどが考えられる。新入の学生さんも多く、次第に役割分担を設けていくのもよいだろう。出詠17首、参加者16名(うちオンライン1名)、互選3票の投票で歌会は進められた。新人が多いということは、歌そのものに新鮮なものも多く楽しみな展開の歌会となった。

題詠「蛙」、素材としては「声」「輪唱」「お玉杓子」「アカガエル」「土蛙」などで「よみがえる(蘇る)」や「かえる(帰る)」などと掛けた表現が複数あったのも特徴であった。「蛙(かわず)」といえば松尾芭蕉の「古池やかはづ飛び込む水の音」があまりにも著名であるが、江戸時代の俳諧としてこの句が画期的だったのは、「蛙の声」の類型を脱して「蛙が水に飛び込む音」を詠んだからである。俳句と短歌の違いはあれど、今回も「鳴き声」に関する歌が多く見られたが固定概念をどう乗り越えるかは大きな要点であろう。また僕たちは「かえるのうた」の「輪唱」を例外なく身体に刻み、あの他者を追いかけて声を重ねる行為が一般化していることを思わせた。さらには「蛙」という固定観念でその外見や特徴をキャラクター化し、受け止めていることを自覚できる歌もあった。また歌評の中で楽しかったのは「蛙化現象」、どうやら「ずっと好きだった相手が振り向いてくれるやいなや、その相手を『気持ち悪い』と感じてしまう現象」らしい。宮崎では田植えも3月中と早く、「蛙の大合唱」の時期もいささか早いように思う。僕自身も東京在住の時になかった、新たな「蛙」観を築きつつあることにも気付かされた歌会であった。

構造的で簡潔明瞭な評をゲスト歌人の方にいただき
県庁関係者の方々の評にも豊かなものがあった
多様な人々が集うほどに歌会は楽しみが増えるものである。


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