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命の物語を紡ごう

2022-03-28
人の心とは常に誰かと生きていること
その人に護られ支えられまた今日を生きる
今ここにある私たちの命の意味

人の心には論理や事実や証拠などを超えて、どんなものでも想像できる自由な翼がある。こんな書き方をすることそのものがやや近現代的な二元論というか、科学があっての考え方かもしれない。だがもしこうして文章を書くような我々の意識になく、無意識の領域で作用する範疇があるとしたらなどと、未だ人間がその深層をわかっていない面も多々あるようにも思う。海に波音を聞けば、そんな人間が未だ解らぬ世界と繋がっているような気にもなり、誰かを待ちたい気分になるのはなぜだろうか?どこまでも広い空を見上げれば、自分自身の命につながる多くの人たちが居るかのように面影が思い浮かぶ。牧水の名歌「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」は、そんな人間の未だ解らない領域の間(あわい)に「染まずただよふ」という人間という存在の普遍を詠うのが名歌たる所以ではないだろうか。

高校の「理科」で唯一好きだったのが「生物」だった。それは前述したような「物語的」「人文的」な人間存在への捉え方に、いささか科学で図式を与えてくれそうな内容だったからである。「生命」を考え「抗原抗体反応」を知り「遺伝」の神秘を理解しようとする内容には、明らかに「物語」があった。長い歴史の中で人は「命」のリレーをくり返し、哲学・宗教・文学によって「物語」を次世代に繋いできたのだ。その「物語」が、科学は万能であると拡大解釈されてきた近現代でにおいて、軽視され続けて来ているのであろう。大自然の前に無力である人間存在を悟った東日本大震災においても、その現実を受け入れるにはやはり「物語」が必要だった。ゆえに自分自身が、そして人生をともに歩む伴侶が、「命のリレー」を受けて生まれ育った「物語」を知って理解することが大変に重要なのである。

バトンはさらに次世代へと引き継がれ
新たな舞台へと旅立つ者もいる
あらためてこの「命」の「物語」を見つめる貴重な時間。


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