そこにある日常の居場所ー「新かぼちゃといもがら物語・#6火球」
2022-03-05
あなたの居場所はどこですか?作:桑原裕子・演出:立山ひろみ
宮崎の小さな離島の物語
いま僕には、小欄を書いている自宅書斎という居場所がある。1階へ降りれば台所に食卓と居間もあり、聖域のような寝室もある。また徒歩でわずかな大学へ行けば、自分の研究室がありそこでは様々なものを生み出している。自分が自分らしく何も気にすることなく落ち着ける場所、そんな巣のような居場所が人間には必要なのだ。だがこうしている今も、ウクライナではその当然あるはずの居場所を多くの人々が失っている。侵攻は人間の尊厳を奪う、断じて許されない蛮行・愚行である。この件は日々小欄に記しているが、1日も早い停戦の道が対話により開かれることを願う。さて「居場所」に注目したのは、標題の芝居を観たからである。既に2年となる新型コロナ感染拡大で、「公演」という性質のものからもしばし遠ざかっていた。もちろんまだ感染への不安は少なくないが、やはり観られるものは見たいという思いが先立った。宮崎県立芸術劇場には以前に『星の王子さま』群読劇を共催した担当者の工藤治彦さんがおり、その際の演出を担当した演劇ディレクターの立山ひろみさんが今回の芝居も手がけている。仕事や短歌企画との兼ね合いで、今回も観劇に行かれるかどうか定かでなかったが、前日に当日券があるのを知って滑り込みでの観劇が叶った。(会場に入るのもまさに滑り込みであったが。)
公演は本日と明日が千秋楽ゆえに、あまり内容に踏み込んだ記述は控えたい。宮崎県延岡市の北に位置する離島・島野浦を舞台として5人が青春時代と大人の時代を往還する物語だ。島にある廃屋を5人で「秘密基地」とか「部室」とか呼び、まさに彼らの居場所が舞台の中に日常として描かれていた。青春の友らと他愛もない話をし隠れて格好だけ大人のふりをして過ごす空間、誰しもが高校の「部室」などで友人関係と恋と個々の立ち位置などを気にしながら日常を過ごし成長する場所がある。仲間たちしか知らない場所ゆえの「秘密基地」といった呼び方、そこに大人になっても変わらない心身の熟成の繊細な階梯が潜むものである。島野浦という離島であるからこそ味わえる漁師である大人との関係、そして「秘密基地」の外には果てしない自然が限りなく広がっている。その海の先に思いを馳せ、また広大な天と宇宙に思いを致す。冒頭から芝居を観ていて、僕自身が彼らの日常の一員になったような錯覚を抱きながら舞台に同期していることを自覚した。時に登場人物の動作や台詞を、自分がしているような気分になった。高校卒業後をいかに生きるか?宮崎が抱え込む社会的問題とともに、自然と親和的に生きることの尊さを日常の中に描き出したところが、この芝居の大きな見所だろう。
舞台という虚構の空間の一人になれる体験
終演後に知人にも偶然会い、そして立山さんとも話ができた
短歌と演劇、僕が宮崎で為して来たことが微塵も無駄なくいま合流・融合して来ている。
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