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ありがとうの年の瀬にしたい

2021-12-20
「寝る時は今までのよい事ばかり考える」
とは伊藤一彦さんのトークでの弁
怒りや憎しみでは何も解決にならない

朝の寝起きがよいどうか?は寝つきによって決まるような気がする。人は日々、心配事や哀しみがないわけはない。しかし、どのようにそれらと付き合って生きるかが大切なようにも思う。心配事も見方・考え方を変えれば、必ずや道は拓けていくものだ。「われ歌をうたへりけふもゆゑわかぬかなしみどもにうち追はれつつ」(若山牧水『海の聲』巻頭歌)若き日の牧水も、第一歌集の冒頭でこのようにうたふ。それゆえに「歌をうたへり」によって自浄作用や他人の視点を得るなど、「かなしみども」に囚われない心を求めたとも言えるだろう。使用しない自転車は錆びて軋み、PCでさえもしばらく使用しないと更新がされずに不具合を生ずる。自分の殻に閉じこもっていては、周囲の水も淀んで濁りいつしか自ら呼吸ができなくなるだろう。こう考えると牧水にとっても「うたふ」という行為そのものが、日々に新たな水を得るための大切な行動だったのである。人は誰かに語る言葉を、失ってはいけない。

先日のトークセッション第1回で、伊藤さんが冒頭のようなことを述べていた。暖かい布団に入ってこそ、自らの心身を清らかにしていく必要があるだろう。早速僕は、その夜から実践してみた。色々と過去の「よい事」を手繰り寄せ、やはり大学の合格発表の日を思い出した。その掲示板に刻まれた自らの受験番号「73」を、脳裏に思いつつ寝入るようにした。特にどんな夢を見たかは定かでないが、朝の寝起きで多くの人々への感謝が心の中で起ち上がっていた。そうか!「よい事を思って寝る」というのは、「感謝に辿り着く」ための一歩なのだと悟った。「怒りや憎しみは何も生み出さない」とは、よく「戦争」になってしまう世界を語る際にいわれる言葉。世界のあらゆる人々が「よい事」を思って寝入り、朝起きたら「感謝」に辿り着くならば、それが「平和」ということなのかもしれない。「戦争」ならずとも、多くの人を死に追い込む凶行、または自らを追い込んで死に至らしめる日本社会に流れる報道を見ていて思う。あらゆる人が「よい事」と「感謝」の睡眠に気づけばよいのにと。などと考えて、この日はお世話になった方々に感謝を込めて「ありがとう」を贈った。

「クリスマス」は身近な人に感謝する日でもある
新刊著書をはじめ今年にお世話になった方々を思い浮かべる
いつも感謝を忘れなかった祖母の「しあわせ」という聲が聞こえる。


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