冷たさも温かさも融け合うものとして
2021-12-10
母は冷たく父は温かいと詠んだ牧水の歌「冷静」と言えば評価できる面もあるのだが
「甲か乙か」二極化が生む分断と差別の社会
科学的データを重んじる社会である。それはそれで「根拠」をもって論じるべきなので、大切なことではある。だがあらゆることに「正解」があるかのように「問い」を立てて、性急な「回答」を求める社会の傾向には注意せねばなるまい。直近の「問い」への「結論」が欲しい、「スピード感」などという言葉はその欲求に応じた表現だろう。「・・・・・に賛成か反対か?」と問えば「わかりやすく選びやすい」わけだが、多数意見にならない方が排斥されるという「結論」が待っている。反対意見を持つ人に対して「あのような人に負けるわけにはいかない」と言えば、自分側の枠に収まる人しか認めないという排除の思想が透けて見える。TVの「バラエティー」などと呼ばれる番組では、平然と「○か×か」という札を出演者に挙げさせ「正解は!」という言い方で排除を促す。「多様性」という号令を社会全体では掛けつつ、マークシート回答で慣れている人々は「○か×か」によって、一方の多様性は排斥する思考を無意識に助長する社会であることに自覚を持ちたい。
教職大学院兼担にて、受講生が選んだ牧水の歌を批評するという講義をしている。この日の議論で「母は冷たし父は温かし」と親を形容する歌を取り上げた受講生がいた。焦点はこの「冷たし」に向けられ、「なぜ慕っていたはずの母を牧水は『冷たし』と表現したか?」が議論となった。むしろ父は「厳然」とした「医師」ではなかったのか?と相まっての疑問である。果たして「冷たし」というのは、「否定的な評語」なのだろうかと対話は進む。現職教員の方々も参加しているので、児童・生徒らの評価をする際の思考を考えてみようと促した。僕自身の中高教員経験でもそうだが、「短所は補い長所は伸ばす」視線が必要であり「所見」を書く際などはこの多面的な見方が役に立つものである。「短所は長所に長所は短所に」常に反転する可能性を孕んでいる。そこに希望と厳格と冷静と温厚をもって向き合うことが、教師には求められるはずだ。さらに僕自身の学生時代の読書経験を添えた。レイモンド・チャンドラー作のミステリー『長いお別れ』に登場する「フィリップス・マーロー」という探偵は、「ハードボイルド」の典型的な描かれ方をしている。その態度たるや「冷たくて温かく」「情熱があって冷静」なのである。この多面性を持てる人物こそが「事件」を誠に絶妙に解決に導くという訳である。辻仁成の小説『冷静と情熱のあいだ』も若かりし頃に読んだ覚えもある。過去のある時代の方が「多様性に寛容」であったのではないか?などと講義中に考えたりもした。
人は「三百六十五面体」でもある
性急な結論が大きな過ちにつながった歴史を知ろう
「融け合う混淆な文化」のあり方を冷たく温かく考えるべきである。
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