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祖母と暮らした日々

2021-12-02
毎月のメール題詠
どんな題でも祖母を思い出して作歌する
朝の連続テレビ小説にも感じ入りつつ

亡き人がいつも見守っていてくれている、そんな感性をいつも忘れないで暮らしていたいと思う。中でも僕がいつも心に思うのは、母方の祖母のことだ。祖父は母が幼少の時に夭逝してしまったこともあり、祖母は一人で母の四人姉妹弟を育てた。時代は戦前戦後を跨ぐ過酷な時代、ちょうど現在放映中のNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』が描いている頃だ。主人公の安子は、地元・岡山でも著名な繊維業の長男・稔と恋して反対されながらも出征前に結婚をする。安子のお腹には新しい命が宿っていたが、戦後となって稔が戦死したという報せが届く。稔の母は息子の戦死に半狂乱のようになって、その悲しみを安子に向けてぶつける。稔の父や弟の配慮もあって安子は生まれた娘と二人で大阪へ出向き一人で生活を始める。安子の生家の家業であった菓子作りを活かし「芋飴」を作り売り歩くが、なかなか生計を立てるのは難しい。そんな際にある裕福な家から流れるラジオ英語講座の放送に耳を傾け、その家の子どもらが芋飴を好んだことから諸々と助けられる縁を結ぶ。当家の紹介で安子は裁縫仕事をすることで生計を立て、娘を育てていく物語が進行している。

すっかり連続テレビ小説の内容紹介をしたが、裁縫で身を立てる安子の姿が僕の祖母のように見えた。背中に娘を背負い自らの栄養は摂らずに、娘に栄養を与え献身的に育てる姿。きっと僕の祖母も、苦しく辛い思いを重ねたことだろう。それは単なる苦しさではなく、祖父の実家との関係とか戦争でただでさえ食糧不足であるとか、現在の僕らには想像もできない苦しさである。その苦難を祖母が乗り越えて母が姉(伯母)や弟(叔父)とともに育てられたことで、僕の生命が産まれるに至ったのだと思うと深い感謝の念が溢れてくる。ちょうど僕が高校生となって大学受験を志す時期に、祖母は僕の家に住むことになり日常の洗濯などをしてくれたり、また勉強の際に着る暖かい綿入り半纏などを手作りしてくれた。さらには当時、祖母と話すことで多くの新潟の民話のような不思議な話を聞くことができた。僕が志望校に合格できたのも、祖母との関わりがあったからこそだと思うことがある。あの頃から40年の月日が経過した。あらためて僕自身が父母や妹や姪っ子などとの関係を考えつつ生きる今があるが、きっと祖母が空から見守ってくれている気がする。このような思いで、当時のことを素材に短歌に詠んでいる次第だ。

横断歩道で車が危ない状況で接近して来たとき
足の寸前でタイヤが止まったことがある
なぜか祖母の顔が刹那に宙に浮かぶのであった。


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