本歌取りの実作ー高等学校新学習指導要領「言語活動」として
2021-11-12
新学習指導要領高等学校国語「本歌取りや折句」の言語活動
教育学部「文学史講義」で実践しておくこと
次年度から施行される高等学校の新学習指導要領国語では、言語活動として「本歌取りや折句」などの技法を使って創作をすることが明示されている。こうした創作学習への転換の意義については、既に昨年10月に中古文学会シンポジウムにおいて基調報告をし対話し、論文化したものが今年の5月に学術雑誌『中古文学』に掲載された。従来の「現代語訳化とそれに伴う文法学習」に偏った古典学習を、学習者が「創作課題制作」を楽しみながら主体的に古典本文に向き合うための改革案である。所属学部に入学してくる1年生約120名が履修する基礎科目で毎年のように課題として記してもらっているが、これまでの「国語教育経験」で一番嫌いだったことの筆頭に「高校古典の文法学習」や「先生の現代語訳しか正解でない授業」が挙げられる。「古典」そのものが嫌いなのではなく、あくまで「授業方法」が嫌いであるというのは、国語教育を研究する者として虚しい。そこで、創作課題制作型学習への大転換が今始まろうとしているのだ。
だがしかし、高等学校では学習指導要領に対して認識が薄く、どんなに改訂が為されても旧弊な学習方法が変革されづらい傾向がある。いつまで経っても一斉授業のスタイルは変わらず、大学入試があると言っては問題演習など、本質的な「国語学習」にならないことばかりに躍起になる学校も少なくない。そこでここ2年ぐらい県内の高等学校の先生方の研修会等にて、積極的に「課題創作型」への転換に大きな意義があることを述べている。同時にするべきは新たに教壇に立つ学生らにとって、それがあるべき方向性であることを深く認識させることだろう。担当の文学史講義では、『新古今和歌集』に関することを5回ほど学んだ後に「本歌取り実作歌会」を開催している。藤原定家の「本歌取り論」などを読んだ上で、また『新古今』の秀歌を批評できるまで学んできた成果を、「実作」で試すという機会である。昨日の講義歌会では、15首の本歌取り歌に対してクラス内で実に多様な解釈が為され大変に盛り上がった。何より実作をした学生らが笑顔で古典和歌を学ぶ姿が印象的であった。新しい時代の教育を担う教師の卵たち、考えてみれば僕自身も大学学部の頃は、教育の変革を求めて和歌そのものに向き合っていたことを思い出させてくれた。
作品に多様な解釈が為されることも体験する
「創る立場」になって古典本文を読むということ
明日の教育を担う「短歌県みやざき」の出身者たちよ!
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