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悪者扱いしないでおくれー酒と発声の叫び

2021-06-15
「酒類販売禁止」の効果は?
飛沫だと言って歌うこと、朗読すること、なども
悪者にでっち上げられていい迷惑なものたち

TV映像で知る限り東京の人出は、「緊急事態宣言」という方策を益々「無力化」しているように見える。駅前スクランブル交差点には人が溢れ、感染者数が減っ来たと言っても「下げ止まり」傾向が否めない。その裏で「酒類販売」をする店舗は休業を余儀なくされ、もうかなりの期間が経過している。専門家によれば問題は「人流の多さ」であることは世界のどこでも明らかなはずだが、飲食店や「酒」を「悪者扱い」することで対策を取っているかのように見せている。これはどうも、この列島に長い間に根付いてしまった「見せしめ」を作り出し同調圧力で根拠なき安心を偽装する方法に類似するように思えてならない。報道に拠れば駅周辺とか公園での「外飲み」をする者が大量に現れて、結局は酒類販売店舗で安全に飲んだ方がましだという状況も後を絶たないようだ。〈教室〉の中で「いじめられっ子」を作り出し、その他大勢が安閑と優位な位置を姑息に占める悪辣な構造と似ているように思えてならない。

大学では対面講義が続くが、最初に「こんにちは!」と言った時の学生の反応には躊躇がある。どちらかというと溌剌と挨拶を交わしたい性分だが、それを学生らに求めるのがままならなくなった。座席は周囲と間隔を空けて指定しており、窓は開放したままプロジェクターを投影するスクリーンが揺れたとしても、通気が良い環境で講義を進めている。さらには学生ら同士で対話をする時間の設定には、悩むことが多い。「対面」であるからには、受講者が他の者と意見を交換してその内容から気づくという学びこそが昨今は求められている。オンラインでも「個室」を制作して話し合う活動は重視していた。せっかく感染対策を取って「対面」を叶えていても、オンラインと同じ内容しかできないのは、講義の質としていかがなものかという問題意識を持っている。特に僕の場合は、研究分野の一つでもある「音声表現」のための「音読」がカラオケならぬ「悪者扱い」されている訳だ。学生の座席からはかなり離れ、アクリル板が設置された教卓の後ろ側から恐る恐るマスクの下から「音読・朗読」をしている。学生にはマスクの下で唇を動かすだけでもいい、家に帰って一人になったら必ず「音読」の練習はしておいてと促す。果たして「発声」そのものがそんなに悪いのか?という疑義を持ちながらの講義は続く。

「あ〜わかってくれとは言わないが
 そんなに俺が悪いのか・・・」(チェッカーズ『ギザギザハートの子守歌』)
所謂「腐ったミカンの方程式」社会が今も続いている。


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