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ことばの精度に敏感たれー第358回心の花宮崎歌会

2021-06-14
比喩をいかに読むのか?
動詞の微妙な違いへの繊細な意識
五七五七七のどこにどのように語を置くか?

先月は県独自の緊急事態宣言もあり開催できなかった定例歌会であったが、今月は県内の感染者数も落ち着き中央公民館で開催することができた。会場の隣は宮崎市のワクチン集団接種会場である中央体育館、特設されたタクシー降車場や看板類が目に止まり時勢を感じさせた。出詠44首、選者を伊藤一彦先生・俵万智さん・長嶺元久さんとして、事前投票の結果が一覧とされ会員は投票した歌に対して評を述べるという形式で時短を意識して会が進行した。2時間で44首の評を終えるには今のところこの方法が最善かと思う。本来ならば投票歌以外にも会員の意見が多く述べられて、議論が活性化するのが本望であろうがしばらくは様子見といったところか。司会を仰せつかり、手際よく先に進めることに尽力した。以下、個人的に歌評の中で覚え書きとしておきたい点を記す。

・【比喩の読み】
比喩として提示された表現をいかに読むか?もちろん読者ごとにそれぞれの「読み」が平等に認められるべきと思うが、それだけに歌会での多様な捉え方に耳を深く傾ける必要がある。例えば「風のような」とある時に、今現在自ら読んでいる書物などに左右される自己を発見した。「比喩」そのものが流動性あるものなのかもしれない。ゆえに愉しいのだ。さらには「オノマトペ」に諷諭的な意味を取る解釈が為され脱帽。

・【語句選択の精度】
動詞などで類似したものがある際に、どれほどの精度で使用するかにこだわるべきという貴重な学びを得た。日常生活でもどれほどの精度で語句を使用しているのか?常に繊細に意識すべきと痛感した。そこにはあくまで何も知らない人に「伝える」という深い意識が垣間見えた。当然だと思って使用した語句に疑いを持ってみよう。

・【三十一文字のどこに置くか】
あらためて三十一文字のどこにどのように語句を配するかは、大変に重要なことだと学ぶ。個々の「文体」という個性とともに、いかなる順番で歌を演出するかという意識を推敲時に持つべきだろう。素材の焦点化を含めて三十一文字という舞台の見せ方は、実に多様な操り方ができるはずである。

新語を使用した歌なども
やはりライブ感ある歌会の妙味
さらに深く語り合え、そして懇親会ができるのはいつの日か。


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