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酒が悪いんか

2021-04-25
再び緊急事態宣言
酒類販売の制限も
「社会生活の維持に必要なもの」とは?・・・

教師が授業中に教室の生徒らがザワつくのを、「うるさい!」と叱ったとしよう。最初は一時的な効果で静まるにしても、それを連発したら次第に「あの先生はいつもうるさいって言ってるから」と静かになる効果はほとんどなくなる。僕が初任時に、教室で学んだ心得である。教師は生徒らの思いを受け止め対話し、上から叱るのではなくむしろ心を通わせることで初めて「授業」が成立してくるものだ。少なくとも生徒らが「聞きたくなる授業」をすべく分析や工夫の努力がなければ「プロ」とはいえない。再度の「緊急事態宣言」に、教室での「うるさい!」に類似した性質を感じた。何が問題で何が感染拡大の要因であるか?政治も専門家もメディアもこぞって「酒場の環境」や「路上飲み」などの様態を指摘し、「酒」という「悪者」を意図して見つけ出し吊るし上げる。だがしかし、果たして酒が本当に悪いんか???と思わずにはいられない。

若山牧水は酒浸りで肝硬変になって死んだ、などと人生の側面を取り上げて否定的な見方が為されることが多かった。もちろん飲み過ぎは健康によくないのは明らかだが、360首以上に及ぶ「酒の短歌」までを否定するものではあるまい。「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけれ」(牧水『路上』より)少なくともこの短歌に表現された酒は、崇高な陶酔、ヨガ的な瞑想の彼方にあるような「しづかに飲む」である。『万葉集』にも大伴旅人の「讃酒歌」があるが、酒ありてこそ「生きる」ことを見つめられる気さえする。問題は「酔い方」でもあり、その際の「言動の性質」が問題なのだと思う。僕の懇意にする東京のバーでは、明らかに「生きる楽しみ」のための「酒」がいただける。その「酒」は、人と人との出逢いをつなぎ、折れかかった心をつなぎ、明日へと希望をつなぐ。良質の陶酔の中でこそ、自らの愚かさも輝きも見えてくる。「生活」に必要でないと叱られても、「人生」に酒は必須だ。「酒を販売するな」などと自らの努力を怠った「教師」が権威のみで「教室」の中で怒鳴る。「崇高な陶酔」を知らない日本社会の文化的な後退、と言わざるを得ない。

酔うための酒、否、生きるための酒だ!
あらためて牧水や旅人の短歌を再評価したい
「崇高な陶酔」のお店は軸がブレずに動じない、宮崎からいつも心で応援している。


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