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命をいかに使うかー「生きる」は「活きる」

2021-04-07
坂本龍馬はいついかなる時も
池江さんの復活までの苦闘を思い
「生きる」=「活きる」

池江璃花子さんがオリンピック代表を勝ち取った報せは、日本のみならず世界から賞讃の声が届いていると云う。1年延期になったとはいえ、「東京五輪」の代表に池江さんが復活すると思っていた人は少ないだろう。もちろん2024年パリでの復活は誰しもが祈っていたに違いない。これを世間では「奇跡」と呼ぶのだろう。代表選考レースに優勝した後のインタビューにはもらい泣きをしたが、彼女の真実の苦闘はそう簡単にはわからない困難さがあったことにも思いを致す。想像はできたとしても、当事者にしかわからない恐怖や挫折や不安の思いは計り知れない。何よりも「オリンピック」にこだわるのではなく、「泳ぎたい」この命を「水泳」に賭けたいという純粋な思いを持ち続けたことこそを讃えたいと思う。

かの坂本龍馬は「私心があっては志にあらず」などと言って、自分の命をどう「活かす」かを常に考えていた節がある。脱藩という掟破り(親類とも縁が切れるほどの決意)に際しても、父母が手渡した愛情こもる金銭を「生き金」にすると利己的には使用しなかったとも云う。小説やドラマ的な脚色が逸話として拡大したこともあろうが、龍馬その人の「生き方」はまさに「活き方」であったのは間違いないだろう。人間が人間たる意義は、衣食住の基礎の上に何にどう「活きる」かが実に大切なのではないだろうか。生きていれば、予想もしない困難に向き合うことも少なくない。志を持ったとしても、上手くいくとは限らない。肝心なのは、困難や失敗をいかに乗り越えて「活きる」かである。池江さんは自らの命の尊さを心底わかったのだろう。僕らには決してわからない次元にて、である。

まずは「今日」を「活きる」
朝陽が昇ればまた「活きる」ために
池江さんの復活が歪められた美談にならないことだけを願う。


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