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とことん国語主義・現場主義

2021-03-17
小学校で「国語」を大切にすること
現場に立たされている感覚で物事を考えること
まず自らの足場を固めよ

大学学部を卒業する際に、「研究者か教育者か」という二者択一に悩んだことがあった。恩師の影響もあって志高く「研究」の道を進みたい気持ちは強かったが、大学4年間の言動をよく知っていた親友が「現場の教師が向いている」と強く勧めてくれたこともあり、まずは非常勤講師で高等学校に勤めた。すると授業・部活動・学校行事などに向き合い、「現場」が間違いなく大好きな自分を発見することができた。勤務校が甲子園や全国高校サッカーで上位に喰い込む強豪校だったこともあり、応援や部活指導にものめり込み大学時代と変わらぬような青春の延長で20代を過ごした。仕事は多くの先輩たちを見廻してやり方を学び、次第に自分で行動や判断ができるように足元から固めた。そんな中でも、何より大切なのは「国語」であり「ことば」であることは忘れなかった。

そんな生活をして10年が近づく頃、再び「研究をしたい」という志が頭を擡げた。プロスポーツに進む教え子に多く接していて、自らは「国語のプロ」としていかに評価されるべきか?という問題意識が高まったからである。研究者を目指していた同級生よりは10年遅れで、再び修士から裸一貫で自らの給与で学費を払い挑戦を開始した。学部の恩師には「そんなに簡単に大学教員になれると思っているのか」と叱責されたが、人生を賭した「本気」が試される時かと日々の苦闘に耐え抜いた。思い返せば僕が学部卒でそのまま修士・後期課程に進んでいれば、まだ短大などを含めて日本文学の公募採用が少なからずある時代であった。しかし、その後は「日本文学」の看板が大学・短大から尽く降ろされ、自分の専攻での大学教員就職は困難を極めた。しかしある大学の先輩は僕に常に告げていた、「きっと君に追い風が吹いてくる」と。それは「10年遅れ」を大逆転する流れで、教員の実務経験がある者こそが教員養成の採用候補として有利になるというものであった。かくして僕は「現場の教員が研究も極めて後進を教員として養成している」という、とことん現場主義で今を生きることができている訳である。

また「国語」「日本文学」「和歌短歌」を専攻したことも大きく
そしてこの現場主義の志を共有する先生との出逢い
何より志高き学生たちとの出逢いが僕の今を支えている。


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